二十五話「継承」
「重ねてお礼を申し上げます。吞乃様。」
「重ねるんじゃないよ、むずがゆい。」
「そうですか……」
「吞乃様は普段こういった事をしないため礼を言われることに慣れてないんです。少々冷たい言い方ですけどまあ気にしないでくださいな。」
「そうですか!なら良かったです。私の事はハクメンと呼んで下さい!」
「変な事を言うんじゃないタチガミ。まあ、それはそれとして。よろしく頼むよ、ハクメン。」
そうやって継承の成功に喜んでいると森の奥の方から一匹の狐がやって来た。それに気づくとハクメンはとっさにその狐へと向き直り跪いた。
「お帰りなさいませ。玉藻前様。」
「……え?」
これをみて薬師は状況を呑み込めなかった。死んだはずの玉藻前と呼ばれる狐が目の前に現れたのだ。確かにこの眼は玉藻前が弓で射られその首が切り落とされるのを観測したはずなのに。
「言ってませんでしたね。なぜ一個体づつでは大した力を持たない狐が妖の世界の均衡を担う一角なのかを。」
「確かに言われてみれば……」
タチガミの言う通り狐は一個体づつの能力は野生の狐に毛が生えた程度だ。単純な個体単位の力量は妖の世界において下から数えた方が早い。そんな種族が少々高い組織力がある程度で重要な立場に居るとは考えられない。そのからくりがこれだって言うのだろう。
「その理由が目の前の景色ですよ。何度も甦る玉藻前がいる。ただそれだけの事ですが、それだけが圧倒的なんです。もちろんただ甦るだけでは大した事はありません。いくら玉藻前が圧倒的な力を持ち、下手な国津神ぐらいとなら渡り合えるとはいえ、一匹強いのがいる種族なんてザラです。そんなので重要な地位に着けるほど我々の世界は甘くありません。」
「じゃあ何で……」
「ただ、玉藻前が死ぬたびに作られる切り札があるんですよ。数さえあれば世界を簡単に亡き者にできる切り札が。故に狐は今現在の立場があるのです。」
「切り札……」
「人は殺生石というそうですね。その名の通り、近づくだけでありとあらゆる生を奪っていきます。一度妖力が開放されたらその力は余りに長い時間世界を蝕むのです。」
「それがあるからなのか……」
薬師は狐の持つ切り札に感嘆していた。近づいた総ての命を奪い去る石。それを使うことなく切り札として置いておく。なんだか核兵器に近いなにかがあるような気がしてきた。
「――いかがでしょうか、私の作る人の形は。」
一方二匹の狐は新たな身体を確認しあっているようだ。
「そうだな、私は毎度白面金毛九尾の狐が生まれるのが楽しみでしょうがない。私自身が見ることが叶わない美貌をその目に映すことが出来るからだ。それで、お前には今まで見てきた白面金毛九尾の狐の中で何番目の美しさか教えてやろうじゃないか。」
「はい……」
「……一番だよ。驚いたさ。最初に白面金毛が持つ人の形の美貌を見たその喜びと強烈な衝撃をその美しさだけで超えてくるとは。」
玉藻前は内心、歓喜していた。最初にこの世界で死んで甦ったあの日の喜びをついに超える喜びを今日は手に入れることが出来たのだ。殺生石のことなど彼女にとってはよもやどうでも良かった。長い間見てきた自身の右腕の成長はいつ見ても、何度見ても喜ばしい。いずれ失われることが分かっていても、今この時だけはその喜びに彼女は浸っていたかった。
「――さてそろそろ私等はお暇させてもらおうかね。」
「そうだな。」
「ですね」
「吞乃様、私からも感謝します。貴方のお陰で今日の今までで一番の喜びが手に入りました。」
「そうか、なら良かった。まあ、またな。」
そうして三柱が狐の隠れ里を出んとするとき、丁度無精ひげを生やした男が狐の隠れ里に入ろうとした。男は三柱に気付くと体を向き直り口を開いた。
「おっと吞乃様。少しお話が。」
「おっと、誰かと思えばお前か、団三郎。」
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