二十三話「源ならざる矢」



「今のは……魔術ですか?!」


「さうだ!魔術学会から私とその弟子がやってん来た!」



雨の中屋敷の屋根から声高に叫ぶ変わった訛りの金髪女。彼女の顔はこの天候とは対照的に、生きる喜びと笑顔に満ちていた、鵺の不吉な声を恐るる事もなく、彼女の赤色の眼はなびく黄金色の前髪の向こうに居る鵺に焦点を合わせていた。ただ、その晴れた顔も何かで少しばかり曇った。



「悲しきかな、魔族と人とでは感ずるモノが違うようだ……だが――」



彼女の顔はまたもや晴れた。



「喜ぶべきであろ!私はアンタが恐ろしくなどはありしない!今であれば!人が如く!天に感謝するも吝かでなし!」


「私は普通に結構怖いですけど……普通に人の子ですし……」



少し後ろに控える端居霞子は今現在の天のように曇った顔をして言った。



「ただこうやって現に彼の鵺に対峙しているではないか!」


「まあ、先生のお手伝いはしますよ。」


「……これは心強い助っ人ですねえ。」



窮地から救われたタチガミは屋敷の屋根に飛び乗り、もう一度目の前の大妖怪に向かう。



「形勢は変わりましたかね?」


「そうかも知らんな。まだいけるか?結界師よ。」


「当然ながら……っとそうだ。お二方のどちらでも良いのですが弓矢を扱えたりしませんか?」


「なぜんだ?普通に魔法をぶつけるのは駄目なのか?」


「いや、駄目ではありません。しかしながら伝統と言うべきか、何と言うべきか、鵺を打ち倒すのは陰陽の魔法を扱う魔法使いの弓であると決まっています。」


「そなか。端居よ、お前はたしか扱えたはずだよな?」


「ええ、先生。ただ、彼の獣の声の恐ろしさ故に、うまく扱えるかは分からないです。」


「射貫く必要はございません。彼の獣は過去に弓矢に射貫かれた事が尾を引いて、弓矢を恐れるのです。その恐れの隙に我々が付け入れば良いのです。」


「分かった。このすぐそこの屋敷に弓と矢があったはずです。少しばかり時間を頂きます。先生と結界師さんは何とか私が来るまで待っててください。」


「わかったんさ。」


「承りました。」



二人は時間を稼ぐために攻めっ気の薄い戦いを続けた。鵺の攻撃に合わせて結界を貼り、魔法を撃ち――兎にも角にも鵺の攻撃を相殺し続けた。稲妻の轟音と、それを相殺する音で、常人では狂ってしまうよな音圧の戦いが繰り広げられた。そうしてある時分でとある声が聞こえてきた。



「先生!弓と矢を見つけました!もう放てます!」



その声は轟音の中でも確かに二つの耳に届いた。


「よくやったさ!端居!」



その言葉に続いてタチガミは神として彼女を激励するために口を開いた。



「人の子端居よ!天に浮かぶ人の恐怖を今!手挟むその矢をもってして打ち払うがよい!恐怖の声に打ち勝ち、その矢を放てば!彼の大御神が顔を出すであろう!」



本来全く持って知らない存在からの激励など、一分にも力にならぬはずだ。ただ、人の子として神々しきその存在からの激励に答えないわけにはいかないのだ。その為に端居は弓を引き、矢を放った。――あいにく矢は外れてしまった。しかし、鵺は大きくうろたえた。その刹那に魔女は鵺に向かって火球を発射した。山の怒りのごとしその火球は見事、鵺に命中したのだ。溜まらず鵺はその場から飛び去り、瞬く間に天は晴れ渡るのだった。



「……アンタ、もしかして神だったのんかい?」


「ええ、私の名を書き起こすと仮名文字になるぐらいには女性に信仰されています。縁切りと障壁なら私に任せて下さいな。」


「あいにく私は周りに恵まれてんるからそう言った類は仰がないのんさ。まあ人の神とは言え神を一回の結界術師として扱った事は許してくれんかい?」


「別にそれぐらいは何とも思いませんよ。」



そうやって、タチガミと魔女が話していると晴れ渡った顔の端居がやって来た。

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