二十一話「雷獣」
――転がる首を拾い上げ吞乃は薬師の方に向き口を開いた。
「……少し焦り過ぎてたな。あれが直撃したら亡骸が残らなかっただろう。それじゃ元も子もない。」
「……ああ。吞乃が何を考えているか分からなくて、どうしようもない気がして。それで――」
「すまなかった。もう少し、いろんな事を伝えておくべきだったな。本当はあの武士――マサカドの妖力の消耗を待つつもりでな。向こうは私等みたいな単純な攻撃の効かない相手の無力化ができないと踏んでいたのさ、だからずっと機を待ち、武士に向かっていった。」
「そうだったのか。こっちこそ出しゃばって悪かった……」
「まあ、これからはもう少し話を詰めると良いってこった。それで想定より大分早く武士を処理できたのは悪くない、タチガミが戦ってる場所を探そう。アイツにやられてもらう訳にはいかんからな。」
「分かった。」
――少し時間が戻りタチガミの方では、轟々と雷雨の降る中に聞こえてくる泣き声があった。
「ヒョーッ!ヒョーッ!」
どの生き物とも形容し難いその鳴き声はあまりに不吉で、ただ耳に届くだけで人の判断を鈍らせる様は正に恐怖そのものと言うに相応しい。
「現れましたね、大妖怪であり、ヒトの恐怖の、その象徴――雷獣『鵺』様。」
「ヒョーッ!」
「さて、それでは縁をつなぐとしましょうか。」
タチガミが少し力むと鵺は何故かタチガミに気が付き、その上空から鳶がごとく急降下した。その姿は鷹や鷲のような羽、猫や犬のような胴、馬のような四肢、そうして猿の顔のそれぞれが、ちぐはぐに、無造作に、悍ましく繋げられていた。
「どうも鵺様、狐に関しては私たちが如何にかしますのでお引き取り願います。」
タチガミがそう言うと鵺はその猿頭を石膏で作られたような、気味の悪い人間の頭に換えて口を開いた。
「玉藻前が死んだ。故に殺した者の亡骸が欲しい。」
男とも女とも取れない声で鵺はそう言った。
「それを私達に任せて下さいと言っているのです。」
「何故任せなければならない?自らの手で望むものを手に入れるのが妖怪だろう。」
「そうですか……では、私は貴方の望むモノに向かう貴方の障壁となりましょう!」
「――そうか。」
タチガミは錫杖を構え、それと同時に鵺は天高く飛びタチガミに対峙した。先に手を出したのはタチガミだ、大型の斬撃結界を貼り、空中の鵺に攻撃を仕掛ける。対し鵺は馬のような胴を鳥のそれに変え、素早く空中を舞い結界を回避した。まだまだと言わんばかりにタチガミは結界を貼り続けていくが、鳥型の鵺の圧倒的な空中機動によって躱され続ける。そうしてひとしきり結界を避け切った鵺はタチガミに向かって急降下した。そうして高い宙からの素早い体当たりを繰り出したが、タチガミの防御結界に防がれた。返しの攻撃を入れてやろうにも攻勢に転じた頃にはまた鵺は天高くに舞っている。雷雲の間を器用にすり抜け、タチガミの視線を切りながら好機を狙う体制に入っている。
「ヒョーッ!」
「遠距離故に攻撃を当てずらい此方と、私の結界に阻まれまともに攻撃できない貴方。お互いに攻め手がありませんねぇ。これだから貴方とはやりたくないんですよ。まあただ、私は時間を稼いでお二方を待つだけです。しかし、貴方は私をゆっくり調理する時間は無いはずです。ならば私が有利でしょう。もっと攻めっ気を見せた方がご自身のためではありませんか?」
タチガミのその言葉に先のように気味の悪い顔に着いた口を開いて
「抜かせ、そうやってこちらの冷静さを欠こうとするのだろう?もう少し魂胆は見えないところにおいておくんだな。そうすればその言葉に乗ることもできたな。」
二つの存在の戦いは、こちらもまた泥沼の未来を予感させる。
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