十九話「これは天誅であるか?」

「そういえば諏訪の神様が言ってた土着の神ってなんだ?神にも種類があるのか?」


先日決めた図り事を実行するために待機する中、薬師がタチガミに聞いた。


「そうですねえ。まず神には幾つかの分類があります。古くからその地におわせられた神である国津神、そして天より降りてきた神である天津神、そして人が畏れられることで神格を得た人神。他にもありますが大きいところではこの辺りでしょう。」

「モレヤ神は土着であるという事は国津神に当たるな。因みにモレヤ神がよこしたあの蛇に憑いてる神はタケミナカタと言うこっちよりか少しばかり西の方の国津神だな。天津神に国を追われて東の方に逃げてきて、丁度諏訪でいざこざがあってモレヤ神に殺された。元より二柱は仲が良かったそうだが――」

「彼女の心中は私達には分かりかねますね。少なくとも穏やかではないでしょう。」

(……神の世界にも色々あるんだろうな。)


薬師は感慨に耽っていた。立場が変われどもそう言った話は付いてくるのだと。夜が変われど、別れはあるのだと。


「――雨が強くなって来たな。タチガミはそろそろか?」

「そうですね。恐らくはこの後雷雨になるかと。」


そう言ってタチガミは来るべき奴に備え、ただでさえ深く被っている笠をより深く被って強くなりつつある雨の中へと飛び出した。そしてそれと同じくして見慣れない男が戸を開けて廊下へと出てきた。


「あの変形した方は間違いなく武士のそれだ。行くぞ、薬師。」

「ああ。」


三柱はまたもや二手に分かれ、それぞれの為すべきことをすることとなった。




宴の席から抜け出した彼の武士は雨の中考えに浸っていた。


(……度し難いな。私にだって人の道はある。だがしかし、彼の妖どもを駆逐できるのであれば――私は、人の道をも外れて見せよう。)


そして武士はその膨らんだ懐から元は皇に差し出す予定だった狐の首を取り出し、喰らった。武士は体でその強大な力を受けとり、その力を血肉となる様を感じ、それを喰い進めていくうちに一歩また一歩と人の道を外れて行った。


「――これが妖か。人の道を外れた事も思いの外実感がわかないものだな……」


そして武士が一歩を踏み出そうとしたその時、武士は何かを感じ取り、自身の後方を護身用の脇差で薙ぎ払った。


「――ッ!!」

「おっと残念。私等としては真っ向からやりたくなかったんだがねぇ。ただまあ、高揚しているところ悪いが、その命貰い受けるぞ。」


そう言い放ったその刹那、吞乃は水となり、雨の中を伝い武士の首を切り落とさんと背後から首を刈る形をしたその氷でできた右腕を振るった。しかし妖の力を得た武士は人であった時では出しえない速度で吞乃の振るった鎌を避けた。


「さすがの体運びだねぇ。」

「お主ら、何者だ。何がしたい。」


その武士の問は雨でかき消される事は無く、吞乃の耳にしっかりと届いた。


「さあね?名乗る価値もない神さ。まあ今日は偶然にも人の道を外れたものが居たから輪廻の輪にのせてやろうとしているところだ。」

「そういう事だ。ここは皇もおわせられる。なるべく穏便にそちらの首を俺らに差し出してほしい。」

「――そんな話がある物か……私はただ、憎き妖どもを現世から亡き者にしてやろうとしているのだ!それが何故に神の罰を受けようと言うのだ!悪鬼も狐狸もすべて!人の道を外れたとてその道理が罰せられるはずが無いだろう!その方こそ神を騙る妖ではないのか!」

「そうか、首が差し出せないなら。残念だ。そして最後に教えておこう。神、それも国津神と妖は大した違いは無いのさ。妖を亡き者にするならば幾つかの神を殺すことになる、人の道を外れただけでも罪であるというのに、私等を亡き者にしようとはな。」


一つの妖武士と二柱の神との交渉の机は壊れてしまった。

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