十四話「まず、鬼として。」
人を喰らうこと、それ即ち彼が人という種を自身と対等の立場から叩き落とすことを意味する。人への強い恨みから人を喰らう彼の鬼や、存在が始まったその時から人を超えた古い神とは違い、彼の、人喰らいが禁忌だった頃の人としての記憶は薄れていない。彼がその行為の意味するところを知らずとも、強い恐れを抱いたのは言うまでもない。
「あああああ!」
「!?」
禁忌を目の前にした錯乱。『人として』当然だろう。彼の顔には深く膿を持ったにきびなんてものはないが、松の木切が即座に燃え尽きるほどに激しい正義が燃え上がり、誰かもわからぬ光よりも強い恐ろしさを感じていた。目まぐるしく入れ替わる二つの感情を処理しきることが出来ずに彼は目の前にいる先の奇声に驚いた酒吞童子へ向かって飛び出そうとした。
「グガッ…!」
その瞬間吞乃に片手で押さえつけられる。彼の胸部が机に叩きつけられ鈍痛が走る。そのまま後頭部を思い切り肘で打ち薬師の動きを止めた。
「悪いね、こいつは鬼になって日が浅い上に私らが勝手に仕立て上げたせいで特に人に対する恨みも対してないんだ。当然抵抗もあるだろう。」
「…なるほどそういう事か。だとしたら、落ち着かせてやれ、そいつと俺は境遇こそ違うが立場は近い。何も言わないでおこう。」
「悪いね。まあ、こいつとのお楽しみは明日にしよう。」
「大丈夫か?早いうちに都に上がった方が良いだろう?」
「なあに人間の心の弱さを忘れてた私の責任さね、宴会は楽しむべきだろう。」
(……最悪な結果を引いたな。まあ一番起こりうる可能性が高かったんだが、しかしもう少しましな錯乱の仕方もあったろうに。)
「―ううん、ここは?」
鬼の宿から少し離れた場所にて、あれから数時間後に彼は目を覚ました。
「ああ、起きましたか。」
「おっ、起きたか。話があるからこっち来てくれ。」
「……ああ分かった。」
彼が山の奥へ入っていった吞乃に追いついたそこは、満点の星の望める開けた場所だった。
「なあ、恐ろしかったか?」
吞乃が問う。それに対し薬師は静かにうなずいた。
「そうか。なら――」
バチッ!夜の山に高い音が響いた、吞乃の平手打ちが薬師の顔に直撃したのだ。予想もできなかった痛みに彼は左の頬を抑えて今の状況を処理している。
「お前はもう人であるったを忘れるべきなんだッ!お前はもう人ではないんだ!過去に人であったとしても今はもう鬼であり神なんだ!人の記憶が悪いとは言わない!ただ、その記憶で今が生きられないと言うのなら!そんなモノ捨ててしまえ!」
何物にも邪魔されない煌々と光る星空がひしめく夜空に声が響く。千年にも感じるほどに長い幾ばくかの時間が過ぎ去ったのち。吞乃が口を開いた。
「…熱くなって悪かった。明日、今日と同じ食事が出る。そこで答えを聞こう。」
「…分かった。」
小柄な蛇は二柱をまじまじと見つめていた。
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