幕間「狐と鬼」

九尾の狐は逃げていた、人にとっての強さと恐怖の象徴から。


(チッ、えげつなく不味い方向に進んでしまった。今はとにかく逃げるしかないな。)


九尾の狐を追う異形達の足音は大きい、彼女の心をすり減らしていくだろう。と、急に足音が遠くなった。


(一旦撒いたか。取り敢えず那須の方まで逃げるとしよう、五日程度でつくはずだ。)


彼女の心に少し余裕が戻って来た。が、それも束の間の休息に過ぎなかった。突如としてメキメキと轟音を鳴らしながら目の前の木が折れる。八尺ほどもあるあまりに長い金棒が木に突き刺さっていた。


「…これは驚いたもんだ、とても鋭利とは思えんものが樹木に突き立てられているとは。少し力任せで粗暴じゃないか?なあ茨城よ。」

「ありゃ、もう誰か割れちゃった?まあいいよ、情報は持ち帰らせないからね。おっと、二番手で長を潰そうってのは少し失礼かな?」


そう言って女鬼の茨木童子は二本目の金棒を構えた。


「言いよるわ、鬼の世どころかこの国をくまなく探しても手前ほどの妖怪そうおらんだろうに。昔の全盛期なんぞもう疾うに超えていよう。全く、あまりこういったことはしたくないのだがな。」


狐は目線を切る煙を出して人に化けた。国を傾けるにふさわしい見事な美貌をもた女性だ。


「ハハ、あんたと私は似た物は似た物同士だから私だってしたくないさ。」

「分かっておる、その方も私を野放しにできん理由があることなんぞ。世界が今の世になってしまった以上な。しかし、しかしな、私とてそれを理由に抵抗しないほど優しかない。やるだけやらしてもらう。」

「ああ、当然。」


問答は終えた、裏に付いている部下の鬼の存在を鑑みれば圧倒的に狐が不利である。だが狐は対峙し、双方とも冷たい殺意を向けあっていた。


「そこォ!」


先手は茨城、圧倒的な質量と長さを持った金棒で突く。だがこれは掠る程度のものであった。狐は最低限の動きでそれを避け狐火で返してやる。実はこの場の戦闘においてはどちらかと言えば狐が有利なのである。いくら裏に数が控えていようが狐側の目的は「この場を去る」ことであり、搦め手において狐は最強格である。対し鬼側は出張ってきてまともに狐をとらえられるのは茨城ぐらいなものである。つまり茨城は付け入る隙を一切晒せず攻撃を当てる必要がある、逆に狐は攻撃を当てる必要はなく、向こうの隙を待つだけでよいのだ。


「あっ。」


結果、この場においては狐に軍配が上がった。茨城の金棒は空を切り木が轟音を鳴らした。その一瞬に狐は煙で視線を切り逃げた。足音はするが茨城の視界の外である。


「あー。やっちゃった、こりゃ那須まで逃げられたな。こっちも頭数用意しておくぞお前ら、気ぃ引き締めろ、なんてったって相手は天下の玉藻前だぞ。」


鬼達は去っていく。――やはり狐は常に一枚上に行く知略の存在である。鬼達が去った後、一本の木が狐に姿を変えた。

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