仏教を学ぶ。そのために、梵字をつかう。

 空海は、漢文に訳される前の天竺てんじくの仏教を知りたかった。梵語 ぼんご(サンスクリット) を学び、天竺から伝来した経典を原文で読む日々が続いた。その寺に、天竺から学識のある僧がやってきた。その天竺僧は、日常生活に関する会話は漢語でできたものの、教理を漢語で説明することはできなかった。教理の議論に使える共通言語は、梵語しかなかった。梵語は書きことばとして成立した言語であり、話すよりも書いたほうがわかりやすいこともある。空海と天竺僧は、たびたび梵字ぼんじで筆談をした。

 空海は、梵字の読み書きの基本を、すでに留学1年めに身につけている。梵字が、梵語の発音を母音と子音に分解してあらわしたものだということももちろんわかっていた。しかし、そのとき学んだ経典の地の文は漢文であり、梵字は仏教の教義のうえで重要なことばである「真言」をあらわすところでだけ使われていた。そこで空海は、梵字も、漢字と同様に、発音よりもむしろ意味を表わすシンボルだと思ってしまったのだった。

 ところが、筆談をしてみてわかったのだが、梵字は、発音できるかぎり、なんでも書くことができるのだ。

 それまで空海は、日本語で思いあたったことを書きとめるのに苦労していた。当時の日本で文字といえば漢字だったから、漢語に訳して書くか、日本語の音に漢字をあてて書くか、しか考えられなかった。ある日、ふと、日本語を梵字で書きとめてみると、漢字で書くよりもだいぶ楽だった。それ以来、空海には、梵字を使って日本語を書く習慣ができた。

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