第23話 夜 うるわしの少女 売る鷲の少女2

売る鷲の少女2


 さて、ここにきて非現実的な魔女の存在がちらほら顔を出してきた。あの様子からするにあの老婆はその未知の力を目の当たりにしたのだろう。果たしていったいそれがどういったものなのかはわからないが、魔法と言わしめるほどの力には違いないだろう。ただ、噂の半分ほどは取るに足らない事実が歪曲したものだ。今までの調査というか、体験からそんな気がする。さて、しかし行方不明。どちらにせよ、この言葉に関連した力なのだろう。




 思惑に耽っていると、少女が横を通り過ぎる。それを見て慌てて付いていく。




「薬は貰えた」




 ふと、そう言いながらこの村での少女の噂と魔女の噂が連想的に重なる。




「うん」




 少女は私には構わずにスタスタ歩く。そしして、少女が幾分か不機嫌になっていたのを思い出す。




「いや、なんかごめんね。気を悪くさせたみたいで」




 どうして気を悪くさせたのかが分からないまま謝る。




「うん」




 少女は感情無しに頷くだけで、あまり謝罪が効果をなしていないのが分かる。




「おばあちゃんの体調良くなるかな。急がないとね」




 そう言って、足早に少女の前に行って自ら先導する。




「道分かるの」




 すると、少女が少し歩を緩めながらそう聞いてくる。




 私は勢いよく振っている足を、勢いよく止める。そして、勢いよく振り返る。




「いや、全然」




 そう言って、笑って見せた。すると少女も歩を止め、笑い出す。




「こっちだよ」




 少女は先ほどよりも柔らかい歩で、私の前を先導し始めた。私ははにかみながらそれに付いていく。




 少女に構うな、さっさと逃げろ等と言われたが。そうするつもりはなかった。少女も魔女らしきおばあちゃんも悪い人には見えないし、なにより私の追い求める魔女がきっとそこにいるのだから。




 家へ戻ると早速おばあちゃんに薬を渡す。おばあちゃんは昨日と同じく、暖炉を見つめていた。風邪ならば部屋で休めばよかろうに。等とも思ったが、きっとあそこがこのおばあちゃんのポジションなのだろう。




「ありがとう。お昼ご飯は今作っているから」




 往復で約三時間ちょっと。そこそこおなかも空いてきた。ついでに疲労もある。ここはゆっくり話をしたいが。




「おばあちゃん。動いちゃダメって言ったでしょ。おばあちゃんはここにいて、私が作るから」




 なにぶん、ご病気のご老体を目の前にして休んでいるわけにもいかないだろう。




「私も何か手伝おう」




「ありがとう。じゃあ、家の掃除お願いしていい」




「わかった」




 家の掃除か、この広い家を掃除するのは骨が折れそうだ。だが、まあ病気を差し引いても二人だけに掃除をさせるには心許ないものでもある。まあ、魔法でも使えればあっという間だろうが。




「とりあえず、鷲小屋の方お願いしていい」




 少女はそう言って、キッチンに入って行った。掃除というが、どこまでするべきか。




「床だけ、簡単に掃いてください」




「ああ、はい」




 おばあちゃんが自慢の先読みで私にそう言う。私は軽く挨拶して小屋へと向かう。




 これは仮説だが、ここを訪れた人間は多いのではないだろうか。ずっと二人暮らし、というほど生活感が薄い感じはしない。魔女探しか、行方不明者探しか、ももを連れ戻すためかはわからないが、何人もの人間がここを訪れているはずだ。きっとこうやって掃除を手伝ったりしているはずだ。あの二人だけでやったなら半日かかってしまうだろう。所々細かいところまで見てみるが、意外と丁寧に掃除されている。そういうのも相まって、この仮説を強く推したい。それに、あの着替えだ。女二人暮らしのはずなのに、男物の着替えがあるのはあまりにも不自然ではないか。




 とはいえ行方不明者が置いていったとは考え辛いか。行方不明の真の原因がどこにあるかはわからないが、服だけ置いていくというのはあり得ないだろう。噂にあった動物にでも変えられたら話は別だが。行方不明か。この二人が関与しているとなるといったい何があるというのか。人殺し。いや、まさか人殺しするような性質ではあるまい。二人なら道案内も出来よう、迷っただけというのも如何なものか。では、やはり魔法か。いやいや、そんな摩訶不思議な魔法は存在しないだろう。そもそも、人を消す理由などそうそうあるものでもあるまい。いや、まあ、ももを無理やり連れ戻す輩であれば消したくなるのも分かるが……。




 バス停の老婆の震えを思い出す。




 いや、まさか。




 鷲小屋の中は、朝に見かけた時と同じで非常に綺麗だ。動物が住んでいるという感じがしない。糞が散らかるわけでも、動物の匂いが立ち込めるわけでもなく、餌や水すらない。飼育しているというよりは、ただの集合場所ということなのだろう。おばあちゃんの言う通り、床を掃くだけで良さそうだ。ついでがてら、少々汚れがあるようなところを雑巾で拭こうとする。しかし、壁に数か所あっただけで、それもすぐ終わってしまった。三十分もしなかった。毎日していれば掃除の手間も少なくて済むのか、等と考えながら家へ戻る。




「次は二階の部屋をお願いします」




 帰って来るや否や、そう言われて今度は二階へ向かう。二階は五部屋。一番奥が少女の部屋で、手前右が私の借りている部屋。残りは知らない。が、書室はありそうだ、少女はきっと本好きだからだ。とりあえず、自分の部屋から掃除する。例になく、さほど埃っぽくない。使わない部屋は、埃っぽくなるものだが丁寧に毎日掃除されているのだろう。あまり掃除は得意ではなかったが、借りているという手前もあって私にしては綺麗に掃除するように取り組む。だがそれも、十五分程度で済んでしまった。次の部屋、向かいの部屋に入る。部屋の構造は私の部屋と大差ない。埃っぽくもない。ここも、おそらく客室だろう。やはり十五分ほどで終わる。今度は私の隣にある部屋だ。ここが書斎となっていた。棚が三列に並び、また箱型にも並んでいる。九棚ほどあるようだ。そのほとんどの空間に本がびっしりと並んでいる。洋書、和書、歴史物、伝記、ドキュメント、図鑑や地図類、近世書物、現代書物。現代書物は純文学を中心に大衆文学となんとライトノベルまで置いている。それぞれがきちんと色分けされている。ちょっとした図書館だ。そして、やはりどれも埃っぽくはなかった。ゆっくり、眺めながらほこり取りブラシを振る。




 私の本はまだこちらに置いていないか。




 現代書物の棚を掃除しながらそう思う。まだきっと少女の部屋にあるのだろう。どこまで読んだのか。一応、純文学として書いているので少女には合いそうだ。




「ご飯出来たよ」




 ひとしきり埃を落としたところで少女が入って来て声を掛ける。まだ、床を掃除してないが後でも大丈夫だろう。




「たくさん、本があるんだね」




 そう言いながら外へ出る。




「うん。本好きだから」




 少女は明るくそう応える。




「おばあちゃんも読むの」




 あれだけ多彩に大量に本があると、長年の




 蓄積を感じる。先ほど、少女は純文学が好きそうだと勝手に当てをつけたが、もしかしたらそれはおばあちゃんかもしれない。何分純文学は齢が高い層にほど人気が高く、低いほど人気が低いのだ。少女はまだ一七である。




「昔はよく読んでたみたい。最近はあんまり読まないかな」




 確かに、暖炉の前でボーっとしているイメージがある。まあ、本を読んでいる姿も違和感ないが。




「でも、よく読む物はあるよ」




「よく読む物。愛読書ってことかな。どんなやつ」




「愛する者の讃美歌って作品」




 聞いたことのない作品だ。先ほどの書室にもあったかどうか。愛読書なら、自分の部屋にあるか。




 と、そうこう話している間にキッチンに着く。昼食はシチューのようだ。おばあちゃんがシチューを盛っている。




「おばあちゃん。動かなくていいってば」




 その様子を見て、少女が超能力を使い光速に動く。……いや、何でもない。




 具材は割かしまともだ。いや、ムカデとか入っていたらどうしようかと一瞬不安だったが、とりあえずそういう類いのものは見当たらない。




「ジャガイモと人参と、ワラビと白菜、鶏肉だけですよ」




 おばあちゃんが私の一抹の不安に回答する。




「隠し味は入れといたけどね」




 少女が付け足す。隠し味はママの味。と、母が言っていたのを思い出した。その言葉を聞いていつもうきうきしていたが、何故か今はそんな気にはなれない。ごくりと唾を呑む。ゆっくりとスプーンで白い液を掬い、ゆっくりと口に近付け、口を開け、中に流し込む。




 隠し味の味がしないように願いながら、いつも食べているシチューを懸命に想像しながら、それでも怖いもの見たさに咀嚼して。




「おお、上手い」




 何が入っているか知らなかったが、美味しかった。濃厚でクリーミーな舌触りに、ジャガイモの溶けかけた細かいものが舌の上に転がり、続いて人参の甘みがほんのりとするかと思ったら、鶏肉の旨みが引き立ってくる。それに隠し味であろうものが後味に広がる。濃厚なクリームをスッと引き締め爽やかなものに変えるこれは……。




「ミント」




「あっ、よくわかったね」




 すごい発想だ。シチューにミントなど誰が思いつくだろう。ベースの味の完成度も確かな事ながら、この隠し味によって新しい世界が広がっている。ママの味を思い出した。




 私はすぐに一杯目を食べ終わり、二杯目のおかわりをする。美味い美味い。魔女だ。私の知っている魔女だ。そんなことを思いながら、ふと口にする。




「やはり、貴女は魔女ですね」




 その瞬間。場が凍り付いた。その空気に気付き、少し後悔する。




「魔女」




 少女が凍り付いた空気の中に言葉を落とす。




「貴方も、そう言うの」




 少女は急に大人びた低い声で、黒い色の空気を吐き出す。




「いや、その魔女じゃ無くて。その」




 取り繕おうにも、一言では説明できない。




「嫌い」




 そう言って少女はあっと言う間にいなくなる。言葉を発することが出来ない。少女が階段を上がる音だけが響いた。最後には、遠くに閉まるドアの音。




 以前この魔女という言葉を口にしたとき、少女は呆けていた。しかし、村のことやら、行方不明者のことやら、事の顛末を辿ると、知らない訳がない。つまり、呆けていただけなのだ。そこから察せるのは、この言葉がNG ワードであるということ。琴線に触れるであろう不快な言葉に違いないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る