好きです!

第11話 夕 好きです! 青色

青色




 しゃーぼんだ~まがふ~わふわ




 シャボン玉がきらきらとふわふわと空へと上がっていく。表面に張りつめた膜は出来損ないの鏡のように色々な人の姿を映し出す。ギターを弾く人、ウィンドーショッピングを楽しむ人、世間話をする人、せかせかと歩いていく人、のんびりと歩いて行く人。太陽の光がシャボンに当たって、ぐにゃぐにゃになった人を虹色に彩っている。シャボン玉が高く高く昇っていくと、膜は引っ張られて段々と薄くなる。中に詰まった想いが膨れ上がって、外にある広い世界に行きたいといって、破裂する。




 特に行くところもなく歩いてた。手に持っているシャボン玉のセットは、この大通りの入り口付近にあった雑貨屋で買った。なんかそんな気分だった。シャボンを吹いて、この通りを歩いてみたい。そんな気分だった。通りの中腹辺りまで歩いてくると、そこは少し開けた場所で、円状になっている広場の中央には噴水が空にめがけて水を噴出している。その噴水が見えた瞬間ドクンと心臓がとび跳ねた。ほんの一瞬息が苦しくなる。私はシャボンの枠を口元に運び、ふーっと息を吐いた。噴水なんかが噴き出す水より、シャボンの方がずっときれいで、高く高く空にいく。あのシャボンに包まれたい。そんな気分になった。




「好きです!」




 唐突に後ろから声が聞こえた。今度はドクンドクンドクンと、心臓は忙しなくとび跳ね続ける。反射的に振り返ると、そこには青年がいた。




 真摯な眼をしてこちらを見つめている。




 私の目をしっかり見ている。




 大きな声が木霊している。




 好きです!好きです。好きです




 木霊は重ねるごとに小さくなり、しまいには私の中でばかり木霊する。




 時間が止まった。




 止まってた。私は青年の目を見返しながら、きょとんと見返しながら、その木霊が小さくなるのを、聞こえなくなるのを待っていた。




「貴女のことが好きです。付き合って下さい」




 木霊が聞こえなくなることは無かった。むしろ大きくなった。色んな飾りをつけて大きくなった。すごくすごく大きく聞こえて、それが私に向けられた言葉だと、想いだと理解する。




 少しうろたえた。




「えっ……、あの……、何ですか」




「あっ、すみません急に」




 急に聞こえてくる声が小さくなった。小さくなると、声の主がわかった。目の前の青年だ。




 ……あたりまえか。




「でも、このままにはしたくなくって」




 目の前の青年が照れたようにそう言った。その姿を見ると、やっぱりさっきの声とは別人なようにも思えてくる。




 でも、彼なんだよね。彼なんだ。




「あの、私には何の事だか」




 会ったことのない人。見たところ大学生くらいの年齢で、最初は伏せがちだった目が今は大きく開かれている。まん丸とした瞳でこちらを見つめてる。背はヒールを履いた女性よりは高い。175を越えるくらいはありそうだ。肉付きは良く、しまっているため「いい男」を感じる。服装は遊んでいる大学生、という感じはしない。流行しているような服だが落ち着いている。




 好かれる理由がわからなかった。私はただシャボンを持って歩いていただけ、ひとりでシャボンを吹いていただけ、ひとりで歩いていただけ。




 ひとりでいたいのに。




「一目で好きになりました。今を逃したらもう会えないんです、僕と貴女は。きっと。だから……」




 何かの罰ゲームだろうか。そんな突拍子もない青年の言いそうな言い訳が思いつく。でも、その眼に宿るものや気迫のこもった言葉たちが、そんな思いつきを吹き飛ばす。




 ふと、周りを、視線を、たくさんの視線を感じた。いつの間にか周りの注目を集めていたようだ。じーっと見つめられている。じーっと。じーっと。




 迷惑だ。




「すみません。遊びに付き合うつもりは無いので」




 早く離れたかった。早く。ひとりに。




 すごい勢いで言って、すごい勢いで後ろを向く。青年に負けてはだめだ。




「待って下さい。僕は真剣です」




 背中を射抜かれるようなまっすぐな言葉が飛んできた。言葉は私を貫いて、見えないドーム状の壁を作り出す。私はその外には出られなかった。




 壁の向こうで、たくさんの人が私を見ているのが目に入ってくる。




 凄く、迷惑だ。




「真剣。よくもそんなこと言えるね。私は貴方の事知らないし、貴方も私の事知らない」




 青年を睨めつける。




「それはこれからお互いに知ればいいじゃないですか。付き合ってからでも遅くないです」




 青年は怯むこともなく、平然とそう言いのける。




「知り合ってない人と付き合う趣味は無いの」




 これでもかと冷たく言い放つ。もう嫌、見たくもない。しゃべりたくもない。早く消えて。


「僕は、大学で哲学を専攻しています。趣味はダンスで、サークルではダンスサークルに入ってます。昔からダンスは続けていたんですけど――」




「何。急に」




 唐突な自己紹介に、つい疑問が口をついて出てきてしまう。




「自己紹介です。貴女が望むのであれば、僕は僕のことを話します」




 少し毒気を抜かれてしまった。自然と見留め直してしまう。青年は笑っている。こんな人だっただろうか。




「別に望んでいるわけじゃない。なんだったら、もう居なくなって欲しいんだけど」




 もう一度丁寧に「お断り」をする。心が震え始めていた。怒っているとか、不快だからとかではない。




(怖い)




 その感情が心に拡がっていく。なにか似ている。なんとなくだけど似ている。あの時に。あの時の私に、彼に、青年は似ている。なんでだろう。そんな疑問が私の中に起きたとき、私の頭は答えを探すために記憶の中を彷徨い始める。すると、怖い、嫌だ、恐ろしい。そんな感情が一緒に溢れてきた。少しずつ、はっきりと、明瞭に。

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