第5話 朝 予告された死 五日目

五日目




 暗い夜空の地平線から少しずつ、少しずつ明りが漏れ始める。少しずつ、空が守りの色へと変化していく。本来の色、真っ青な色、地球が気まぐれに生物を育むためにつけた色。地球に生きとし生けるものは、あの青によって守られているのだ。




 そう、私も、そしてこの青年もその例外では無い筈なのだが……。




 あの占い師に会ってからというもの、ろくなことが起こらない。会社ではミスをし、水難には怯え、訳のわからない青年を保護し、はっきり言って予定外のことばかりだ。無論、人生において予定外の出来事は必ずしも悪いものではない。時にそれらは退屈になりがちな生活にスパイスとして活を入れてくれるからだ。




 と、は、言え、これはあまりにもやり過ぎではなかろうか。それとも私が気にし過ぎなのだろうか。この先に大いなる幸せでも待っているのだろうか。はたして、どうなることやら……。




「ああ、あの占い師か。当たらないって有名だよ」




 ホームレスの経験からか、青年はあの占い師のことを知っているようだった。どうやら、あの辺に良くいる人の中では有名だそうで、正直当たったという話はあまり聞かないそうだ。




「ただ、当たらないって言っても、それは当たったかどうかわかないだけだって言う人もいてね、なんか都市伝説みたいになっている人だよ」




「ん、どういうことだ」




「えーとね、あの人は死の占い師なんだって。貴方死にますよって事ばかり占う人なんだって。で、当たったって事はその人は死んじゃったってことでしょ。だから、わからないんだって」




 ははは、全く笑えない話だ。当たる占い師だと聞こえてくる。もう当たらない占い師で良いではないか。何が都市伝説だ、死の占い師だ。つまりこうだ、占われた人はいるが、当たったよって報告しに来るやつは一人もいない。だがそれは死を占っているからで、死んだら報告出来ないからだって事だ。まあ仮にそうでなくても、わざわざ報告しに行く人は少ないだろうが。




「でも、あの人ほんとにおっかないよ。子どもにまで死にますよって言うんだから。結局、気味悪がって誰も近づきゃしないんだよ」




 つまりあれだ、結局当たるんじゃないか、それ。当たらなかったら近寄っても無害だろうに。当たらない占い師ということを吹聴することで人を遠ざけているだけな気がするのだが……。




「その話はもういい」




「そっちが聞いてきたんだろ」




「で、ボランティアはどうだった」




 寒気がしたので、話題を変えることにした。かなり反発的な印象の強い青年だが、きちんとボランティアには付いてきていた。




「見返りがない」




 ぷいと顔を横に向けながら、不満そうに青年は言う。




「屋根の下で寝れて、三食飯付きじゃないか。風呂にだって入れる」




 反応が面白くて、少しほくそ笑んでしまう。




「それはボランティアとは関係ないだろ」




 なおに不機嫌になった少年が、顔を戻して睨みつけながら返してくる。




「直接的にはな。だが、間接的には関係する。働かざる者食うべからず。ボランティアに行かないなんて言い出したら飯抜きだからな」




 昨日の様子を見る限りでは、そこそこやりがいを見つけて取り組んでいるようだったし、行きたくないと言い出すとは思っていないが、面白半分に釘を刺してみる。




「はあ、うざぁ、なにそれ。行かないなんて言ってねぇし」




 思った通りの反応で笑える。昨日の反応を見て思ったのは、上手くコミュニケーションを取れていなさそうだったこと。私に対してはこうにもやさぐれた態度ばかり取っているが、ひとたび外へ出るとだんまりと人見知りになる。まあ、あれだけ知らない人だらけなら、誰しもが多少そうなるだろうが、青年に関しては顕著だった。なんだったら少し怯えているようにも見えるほどだった。




 それでも、さすがはボランティアに来る人々、柔和で優しく話されるうちに、少しずつ怯えのようなものは無くなっていったように見えた。まあ、陽気に話すほどにはなっていなかったが、簡単な返事くらいはしていた。おそらく今日の彼の目標は、もっと話すことであろう。




「そんなこと言うんだったらお前、行ったら美味いもん食わせろよ」




 余裕ぶった私の態度に持ち前の負けん気の強さをぶつけてきた。私は面白いとばかりに応える。




「ほう、まあいいだろう。何が食べたいんだ」




 すると青年は意外だったのか少しうろたえて、それでも、真剣に考える。ハンバーグか、オムライスか、まさかハンバーガーって事は無いだろう。




「フォアグラ」




 と、青年は不敵な笑みを浮かべて言った。




「フォ、フォアグラ」




 藪を突いたら蛇が出てきた。動揺を隠せずに反応する。




「フォアグラ」




 青年はもう一度自信たっぷりに言い放った。




「ま、まあ、いいだろう」




 未だに動揺を隠せないままに、受けて応える。高い買い物になりそうだ。だが、まあ青年の事を思うと、それくらいのことはしてもいいかもしれないとも思う。だいぶ意外ではあったが、金はまああるわけだし問題は無かろう。




「フォアグラな。絶対だぞ」




 そう言いながら嬉しそうに青年は出かける支度を始めた。私はというと、どこのレストランが彼を連れていくにはいいかと考え始める。どうせ食わせるなら、しっかりしたところで食わせてやりたい。だが、まあ何分あの様である。




「まずは服装からか」




 ぽつりとそんなことを呟きながら、今日一日の予定を頭の中で組み立てていくのであった。


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