第2話

 少し前の話をしよう。 

 青山未来、彼女は幼馴染であった。常に笑顔で彼女の周りはいつも幸せそうな空気が流れていた。彼女はいつも自分のことをゆう君と呼び気にかけてくれていた。


「ゆう君、宿題、ちゃんとした?」

「ゆう君、今日ちょっと風邪気味じゃない?」


 だからと言って彼女自身も余裕があったわけではなかった。中学2年生の冬に父がギャンブルにハマり、多額の借金を背負ってしまった。さらに彼女とその母を残して蒸発、母は精神的に不安定になっている。彼女は目を赤く腫らし、嗚咽交じりにそんな話を自分にしてくれた。彼女のことを一番知っているのは自分だ。自分が彼女を助けるんだと学校の先生や親に相談した。しかし状況は変わらなかった。少しすると彼女はまたいつものように明るくふるまうようになり、みんなあまり気にしなくなっていた。


 中学3年の夏、彼女が体調不良でしばらく休むと先生から連絡が入った。クラスの雰囲気も最初の方は暗かった。しかし、バケツからコップで水を1杯すくってもすぐ戻るように雰囲気も次第に戻っていった。

 

 高校受験の前日の深夜、トイレに行こうと起きると両親の会話が聞こえた。

「もう少しで総一にあの子のこと話さないといけないのね。」

「しかし、青山さんとこの奥さんが娘さんを巻き込んで無理心中したとどう伝えればいいものか。」



 この瞬間、バケツからすくったコップの中の水はすでに零れ落ちてしまっていたことに気づいたのだった。



 この後のことはあまり覚えておらず気づいたら第2志望の高校に通うことになっていた。彼女の件についてはPTAの話し合いにより、生徒の精神面を考慮して、受験の後に公表するようにマスメディアにも交渉し、親も納得していたと後になって聞いた。

 高校に入ってから、自分の中の彼女がいた穴は埋まった。別に新しいものを見つけたわけではない。日常を過ごしただけだ。でもふとした瞬間に気づいてしまう。穴は消えたが、彼女のいた分の自分の中の何かが薄まってしまっていることに。


慣れない制服姿で笑いあった入学式、

毎回喉が枯れるまで応援を頑張っていた運動会、

笑顔でみんなを引っ張っていた文化祭、

学校の帰り道に幾度と一緒に見た夕焼け、


彼女の幻影はいつも自分を闇へと引っ張ってくる。

「ゆう君、なんで私が死んでも何食わぬ顔ですごしてるの?」

「私のこと本当にわかってくれてたの?」


日常という水に薄めることで、すべてを忘れられる。

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