第2-3話:巡跡

「部屋の紹介は、これで以上かな」


 訓練を終えた後、凌駕は水上に家の案内をしてもらっていた。

 部屋の構造はまず二階建てになっていること。これは、外から見た高さからなんとなく予想はできた。


 一階のフロアは、LDKに訓練場、それからトイレと浴室を含む洗面所で構成されている。

 訓練場以外は特に一般家庭と変わったところはない。強いて言えば、洗面所がオートロック式になっていることだろう。ルームシェアでのトラブルを避けてのことだ。


 二階のフロアも、トイレに部屋が四つとシンプルなものだった。

 一人一部屋であるため自分の部屋の模様を好き勝手変えることができるのは利点かもしれない。とはいえ、ここに来てまだ日が浅い上に私物の持ち込みが禁止されている。そのため、全員最初に完備されたベッド以外ほとんど何もない状態だった。


「最後にこの家の規則に関してだけど、まだほとんど何も決まってないんだ。一つ決まったことは『家で困りことがあったら、みんなに相談』かな。一人が困るってことは、また同じ機会に誰かが困っちゃうと思うから」


「困りごとは相談ですね、わかりました」


「うん。以上で案内は終了だけど、何か質問ある?」


「特にこれと言ってはないですね。案内してくれて、ありがとうございますくらいです」


「どういたしまして。じゃあ、僕から一つ。敬語は使わなくてラフに話してくれれば良いよ。これから一緒に住むわけだし、ただでさえ気を使う仕事だから、家くらいは自然体で。千鶴も茜もきっとそっちの方がいいと思うからさ」


 凌駕よりも水上は二つ上、真瀬も一つ上で白崎は同い年と言うことが分かった。初対面ということもあり、敬語を使っていたが逆にそれがお気に召さなかったらしい。


「じゃあ、そうさせてもらいます。いや、そうさせてもらうよ」


「うん。これからよろしく、凌駕」


「よろしく、海」


 一つのことを終え、少しばかし友情が芽生えたのか互いに強く握手を交わした。

 二階から一階へ降り、女性陣のいるLDKの方へと足を運んでいった。


 扉を開けると、千鶴と白崎はお皿を並べていた。料理が載っているわけではなく、何かの取り皿みたいだ。一体、今日は何をするんだろうか?


「今日は千鶴の誕生日なんだ。だからプレゼントとしてみんなで焼き肉パーティーをしようって。ちょうどこのタイミングで凌駕が来たのも何かの縁かもね」


 疑問に思っている凌駕を察してくれたのか、水上は今していることの訳を話す。

 凌駕にとって、焼肉は久しぶりのことだった。前食べたのは、妹がいた時だから数年ほど前のことである。


「今日来てよかったかも。あっ……」


「どうしたの?」


「ああ、いや。そういえば、一週間前に誕生日来てたなって、今思い出して」


 ここ数日、大忙しだったためすっかり自分の記念日の存在を忘れてしまっていた。


「そうなんだ。じゃあ、私だけじゃくて、凌駕くんの誕生日も祝わないとね」


 真瀬が凌駕の言葉を聞いていたようで、水上との話に割って入る。


「でも、こんな勝手に割り入っちゃって良いのか?」


「うん。全然平気! むしろ祝えることが増えて私としては嬉しい限りだよ」


 その時、インターホン音の高い音が部屋に響いた。同時に家の前に設置された監視カメラの映像が映る。凌駕もさっき住民登録を行ったため画面が開かれていた。


 だが、開かれた画面は監視カメラの映像ではなく、『荷物配達完了』の文字だった。

 先のインターホン音は配達用のドローンが荷物を運び終えた時に来る通知だったようだ。


「来たみたい! 私、取りに行ってくるね!」


 真瀬は持っていた皿をテーブルの上に置き、上機嫌でリビングを出ていった。

 自分が祝われる身であるのに用意を率先して行うのは、活発な彼女らしかった。

 凌駕と水上は互いに目を合わせながら、頬を緩ませる。


「もう用意も終わってるし、私たちは先に座ってよう」


 白崎は真瀬の置いた皿を取り、立ったままの二人を席に促す。

 彼女の言うとおり、二人は席についた。

 凌駕は隣に水上、向かい側は真瀬となる配置に座ることとなった。

 座って少し経つと扉の開く音がした。


「じゃじゃーーーん! 焼肉セットでーすっ」


 実際に焼肉セットを見て気分が上昇した真瀬は、それを発するようにみんなに肉を見せびらかす。清廉な赤身に、模様を作る純白の脂身。見ただけで思わず、唾液が出てしまいそうなほど食欲をそそのかせる。

 魅力あふれる肉に三人は目を光らせていた。加えて、きちんと栄養も考え、野菜が添えられているところもポイントが高い。


「ようし! 早速焼くよ!」


 白崎はテーブル横へと移動し、少しかがむ。

 すると、テーブル真ん中にある直線のくぼみを境に一部が開かれた。そして中から、プレートが姿を現した。どうやら、あらかじめプレートが備わっているテーブルのようだ。


 凌駕はその様子に思わず驚く。他の三人も初めて見たのか目を輝かせていた。

 現れたプレートに油を引き、熱していく。

 真瀬は箸で豪快に肉を掴み、投下していった。


 ジューっという音を立てながら脂身が飛び散っていく。見ているだけで、食欲が止まらなくなりそうだ。


「みんな、早く裏返さないと」


 美味しそうに眺めていたら、横にいた水上から声がかかる。

 目の前の肉に魅了されてばかりいられない。

 元々薄いためか見入っているうちに片面が焼き上がっていた。


 さすがに高級肉を焦がすわけにはいかない。凌駕も箸を持ち、すかさず裏返していく。

 全員が喋ることを忘れて、緊張の面持ちで目の前の肉を見る。

 片面での焼き上がりの早さから、全て焼き上がるまでそこまでの時間を要さない。どの肉が食べ頃か、見極めなければならないのだ。


「よしっ! 今だ!」


 最初に肉を取ったのは、真瀬だった。狙いを定め、誰に取られることもなく、肉をとっていく。


「んー、ジューシー!」


 口に入れると、目をおっとりさせ、破顔しながら感想を漏らす。他三人もそれを見ると各々、肉をとり、口の中へと入れていった。

 口に入れた瞬間に広がる肉汁。噛みごたえも抜群で、真瀬が破顔してしまうのは無理もないほどの美味だった。


 四人はしばし喋ることを忘れて、目の前の肉に没頭してしまっていた。

 あまりの美味しさに口は肉を入れることしか能がなくなっていた。

 肉の焼かれる音だけが響き渡る静寂な空間が続いていく。

 

「本当に美味しいねー!」


 ある程度肉がなくなり、余裕が出てきたところで真瀬がみんなに共感を求める。


「うん、こんな美味しい肉食べたの初めて」


 真瀬の言葉に隣にいた白崎が共感を示した。


「俺、焼肉自体食べるの久しぶりだから、こんなに肉食べれて幸せだ」


「そう言えば、僕も食べるの久しぶりかも」


「あはは。やっぱり、シナーの人って意外と高待遇なのかな!?」


「その分、しっかりと働かないといけないけどね」


「そう言えば、俺が来る前にアビスの事件とかってあったのか?」


「まだ一回もないかな。日々訓練の日が続いているだけだよ。私、まだアビスと遭遇したことないから少し不安だな」


 白崎の言葉に凌駕は少し疑問を抱く。


「アビスと遭遇したことがないって。白崎さんは、どうしてシナーになったんだ?」


 シナーは正の感情が強くなったときに引き起こされる。それは現代において、大抵の場合はアビスから自身、あるいは誰かの身を守る時に起こる可能性が高い。

 だが、白崎はアビスとの遭遇がないらしい。では、一体どうやってシナーへとなったのか?


「えっと……実は私、気がついたらシナーになってたんだ。意識を失ってて、目覚めたら病院。そこで手に意識を集中させてたら『生力』が湧き出たの。それでここに連れてこられて」


「そうだったのか。でも、なんで意識を失ってたんだ?」


「それもよく覚えていないの。その時いたシナーの人曰く、一週間ほど行方不明になっていて、河川敷で眠っているところを発見されて病院に運ばれたらしい」


「大変だったんだな。行方不明になったことについては何覚えてないのか?」


「え、えっと……」


 白崎は質問攻めをする凌駕に少し戸惑いながらも、思い出そうと視線を上に向ける。

 すると、突如と白崎は視線を前に向けると、手で何かをタップする。

 どうやら、誰かから連絡があったようだ。


「あ、ごめんね。また後で教えるから」


 白崎は席を立つと、リビングを出ていき、連絡へと応じた。

 

「凌駕。気になるのはわかるけど、あんまり本人から詳しく聞こうとするのは良くないよ。もしかするとトラウマを抱えていたりするかもしれないから」


 不意に隣にいた水上から、説教の言葉が飛んでくる。

 彼のいう通りだ。下手に過去のトラウマの話をさせて『CEQ』を下げてしまうのは、健康衛生上よろしくない。


「そうだな。ごめん」


「でも、凌駕くんは茜ちゃんのことを心配して、聞いたんだよね? なら、その気持ちは良いことだと思うな。でも、前のめりに聞きすぎることだけは良くないよ」


「茜が話したくなったら、真摯に話を聞いてあげよう」


「うん、そうするよ」


 本当になんであんなに問い詰めるように聞いたのだろうか?

 きっと、心配している気持ちとは別の気持ちがあったのだろう。そして、それはきっとあまり良くないものだと思った。


「ちなみに私は高校の友達を助けようと思って、シナーになりました!」


「僕も、大学で起こったアビス事件の時にシナーになったんだ」


 二人は、場を和ませるために前の話を膨らませていく。


「俺も千鶴と同じで親友を助けようとシナーになった」


 凌駕はそんな二人に微笑みつつ、自分もまたシナーになった経緯について話すのであった。

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