第2-2話:巡跡

 車を走らせること数時間。無事目的地へと到着した。目の前の建物を覗くと、ごく普通の一軒家だった。


 家全体がブロック塀に囲まれているため見えるのは屋根くらいな物だが、敷地面積や塀の高さから推察できる。

 シナーとして優遇された家造りになっているのではないかと少し期待していたが、そんなことはなかった。


「入るぞ」


 巳城に唆され、ブロック塀の一部となった鉄製の扉へと足を運ぶ。

 このブロック塀はアビスのための予防策であり、全ての一軒家が取り付けることとなっている。


 アビスが人を判断する材料として、視覚や聴覚といった感覚器官を使っている。それ故、視認等されない限りは被害に遭わない。


 だから窓越しに見えると言ったことをなくすための対策だ。

 また、もし見つかったとしても、高い塀と固いブロックのため破られることは到底ない。


 とはいえ、もし家の中でアビスが発生した場合に逃げにくくなっていると言うデメリットもある。だが、被害を最小限に抑えるためにはやむを得ない。


 巳城は扉横にある認証機へと手を添える。

「ユーザー『巳城 優』確認」と言う常套句が告げられると扉が開いた。


 この認証機はインターホンの変わりとして使われている物だ。

 向こう側に自分の身分を与え、認証機に登録されている者ならば自動で。登録されていない者ならば、住人の了承があってから開ける仕組となっている。


 幹部である巳城は登録対象にあるらしく、すぐに扉は開いた。

 予想通り、中の構造も一般のそれとさほど変わる所はなかった。

 強いて言えば、本来庭でありそうなところが家の一部となっているところだろうか。


 淡々と玄関の方へと歩いていく巳城に凌駕もついていく。

 玄関は近づくと自動的に開く仕組みになっていた。ここは一般とは異なっており、凌駕は思わず感嘆してしまう。


「こんにちは〜!」


 だが、その感嘆は元気な女性の声によって消されていった。視線は気がつけば目の前にいる彼女へと注がれていた。


 オレンジヘアのポニーテール。まん丸な目に瞳の輝きが綺麗な少女だった。きっと、先ほどの認証の際に凌駕たちの存在に気づき、いち早く駆けつけてくれたのだろう。


「今日も体調は良好のようだな」


「はいっ! バッチリです! それで、その子が私たちのグループに加わる人ですか?」


「ああ、そうだ」


 巳城は凌駕に顔を向けると、「自己紹介を頼む」というようなサインを送った。凌駕は一歩前に出て、目の前の少女を改めて見る。


「加賀美 凌駕です。これからよろしくお願いします」


 ぎこちなく挨拶し、頭を少し下げる。こういう突発的な自己紹介は恥ずかしく感じた。


「私の名前は『真瀬 千鶴(まなせ ちづる)』。これからよろしくね、凌駕くん」


 真瀬は浅く頭を下げた凌駕の見える程度に手を差し伸べた。

 凌駕はその手が見えると、頭を上げ、自分の手を彼女の手に添えた。

 良い人が自分のグループにいてくれてよかったと安堵する。中野と言い、もしかするとシナーの人はみんなこうなのかもしれない。


「千鶴は相変わらず、行動が早いね」


 真瀬と握手を交わしていると今度は後ろの方から男の声が聞こえる。

 視線を真瀬の後ろへとシフトさせていった。

 見えるのは、並んで歩く二人の男女だった。


 男の方は黒髪に、中野を連想させるような穏やかな目で、すらっとした少年。

 女の方は茶髪ロングヘアに、エメラルド色の輝きを持つ瞳が印象的な少女だった。


「ああ、海くん、茜ちゃん!」

 

 真瀬は後ろを振り向くと、一度握られた手を解く。凌駕は真瀬から発せられた言葉に耳を大きくした。

  

「こちらは、水上 海(みずかみ かい)くんと白崎 茜(しらさき あかね)ちゃんだよ! これからこの四人でチームを組むんだ」


「自己紹介くらい、こっちでしたのに。よろしく、えっと……」


「加賀美 凌駕です。よろしくお願いします」


「加賀美くんか、よろしく。改めまして、水上です」


 今度は水上と握手を交わした。真瀬と同じく、穏やかで良人の雰囲気がした。『シナー全員良い人説』は濃厚になってきたかもしれない。


 その流れで今度は、横にいる白崎と対面することになる。


「えっと、白崎 茜です。よろしくお願いします」


 少し照れ気味に白崎は凌駕に手を差し伸べる。


「白崎 茜……」


 凌駕はボソッとそんな言葉を呟いた。その少女の名前を聞いたことがあった。それも、かなり鮮明に記憶は残っていた。


「え……」


 白崎はボソッと呟いた凌駕の言葉に目を丸くする。


「もしかして、二人は知り合いだったりする?」


 隣にいた水上が戸惑っている二人に割って入るように言葉を投げかける。


「ああ、いや。多分人違いだと思います。『茜』って名前をよく聞いてたので、なんていうか反射的に」


「そういうことだったんだね。びっくりした、急に真剣に名前呼ばれちゃったから」


 白崎は安堵すると、先ほどまでの緊張が薄れたのか柔らかい表情で凌駕の方を覗いた。

『人違い』と言った凌駕だが、きっと人違いではないと思った。でも、それは彼が一方的に彼女のことを知っているに過ぎないのだろうということで、話を流すことにした。


 これまでの流れを見れば辻褄が合う。

 きっと運命なのだろう。凌駕はそう強く感じずにはいられなかった。


 白崎 茜。それは愛理が電話越しに読んでいた名前。つまりは、音信不通になった彼女の親友だった。


「自己紹介は一通り済んだようだな。加賀美、また後で彼らにこの家の案内をしてもらえ。これから、お前たちにはいつも通り訓練をしてもらう」


 巳城の言葉に凌駕は眉を上げる。

『訓練』と言う馴染みのない言葉が反芻されるように脳裏を駆け巡った。


****


 先ほどの庭が家の一部となっていたのは、訓練場の設置のためだった。

 凌駕は初めて見る訓練場に目を輝かせた。

 銃をうまく扱うための射撃場。対アビス用の模擬戦場、基礎体力を高めるためのトレーニング場といろいろな器具が設置されていた。


 今回行う訓練は『射撃』。訓練方法は簡易なもので、ニ十メートル離れた的を銃で狙うだけだ。銃は行きに巳城に渡された麻酔銃とほぼ同じ形状・重さであった。とはいえ、出る弾は電子のもので人に害を与えるものではないようだ。


 一グループ四人ということで四台設置された射撃台に一人ずつ並ぶこととなる。

 人を守るための訓練。それ故に先ほどまでのゆるさはない。元気いっぱいの真瀬ですら、拳銃を持った時には空気が変わった。

 それだけここにいる皆は本気なのだということがわかった。


「それでは、これより訓練を開始する」


 巳城は射撃場の横にあるボタンを押すと、一人邪魔にならないように後ろの方へと歩いていった。ここからはAIアシスタントの指示に従って、訓練に励む。


『デバイスを画面に近づけてください』


 横に置かれた機器からアナウンスが流れる。見ると、機器に取り付けられた画面に『ここに近づけて』と表示がされている。言われた通り腕につけられたデバイスを近づけると「ユーザー『加賀美 凌駕』確認」とアナウンスが流れた。


 この機器は個々の実績を記録するために設置されたものだ。毎日訓練に励んでいるか、どれほど成長しているかを本部の方で一括管理している。


『全員の登録を確認。訓練を開始します」


 全体に響き渡るアナウンスの音で一気に緊張感が高まる。

 緊張状態の中、凌駕は拳銃を握りしめ、目の前にある的へと標準を合わせる。


『それでは、始めてください』

 

 アナウンスの合図後、始まりを告げる電子音が流れる。

 するとすぐに発砲音が流れた。

 第一の発砲音に少し遅れる形で凌駕も引き金を引く。拳銃はまるで本物であるかのように腕から体に反動が来る。


 的は上手く命中したのか綺麗に消えていった。同時に、今度は前よりもやや右上に的が現れる。どうやら的は移動式になっているようだ。

 照準を動かし、的を捉える。そして、再び引き金を引く。引く。引く。引く。


 救世部時代に愛理とシューティングゲームで遊んだことがよくあった。結果は、いつも凌駕が愛理よりも少しだけ点を上回り、勝っていた。だから多少自信はあった。


 どんどん的を射ていくと、今度は移動型の的と対峙する。

 真ん中に現れて、右上へと行き、下に行って、左に行くと言った周期的な動作を繰り返す。最初はゆっくりの移動であるが、数を重ねるごとに速度が上がって行く仕組みだ。


 それでも、的の速度に銃を合わせていき、タイミングを見計らうことで的確に射抜いていく。


 うまく的を得ている証拠だろうか。今度は、ジグザグと言った、予測不能な移動をする的が現れる。

 

 若干、タイミングを掴むのが難しいものの時間をかけ、着実に的を得ていく。

 十分ほどの時間が経過したところで、電子音が流れる。終わりの合図が来たみたいだ。


「うわー、加賀美くん、すごいね」


 すると横にいた白崎から声をかけられた。


「すごいって、何がですか?」


「えっ? あ、ほらあれだよ」


 白崎は的が表示される画面の上の方を指差した。指の先に視線を近づけると『name』と『score』の表があり、ローマ字で書かれた名前の横に数字が書かれていた。


 戦績は皆で見る仕組みになっており、各々がどのような戦績か見れる。可視化することで自分の立ち位置を把握し、それぞれ高め合える環境づくりとなっている。


 表を見ると、凌駕の名前は一番目に記載されており、点数は四人の中で二位に二倍さをつけてダントツとなっていた。


 俺、本当にシューティングが得意なんだと改めて思わされた気がした。同時に後少しで勝てそうだった愛理に感嘆の声を上げてしまいそうになる。


「今日が初めてなのにすごいね。私、四日間ずっと訓練してるんだけど、ほら」


 白崎は表の中で一番下に記載されており、点数は三位の半分ほどでダントツのドベだった。


「動かない的でも五発に一回しか当たらないから、本当に自分の才能のなさに悩まされてて」


 しょぼくれた様子でいう白崎に凌駕は返す言葉もなかった。シューティングが得意なのは、努力したとかでなく、それこそまさに才能の一言でまとめられてしまうのだ。そんな凌駕がアドバイスできることは何一つなかった。


「でも、茜ちゃん。前よりは点数上がったじゃん。ちゃんと成長してるよ」


 そんな茜を横にいた真瀬が励ますように声をかける。

 さすが真瀬さんと、何も言えなかった凌駕は心の中で感謝の気持ちを述べた。


「個々で能力は違うんだから、他人と比べるのはお勧めしないよ。とはいえ、これだけ差つけられちゃうと勝ちたい気がしてきちゃうんだけどね」


 真瀬の横にいた水上がさらにフォローを入れてくる。同時に、闘争心のようなものを凌駕へと示してきた。凌駕は、「お手柔らかに」と言わんばかりに愛想笑いを浮かべる。


「そうだね。私も成長はしてるんだけど、このままだと海くんに抜かれそうだし、頑張らないとな」


 戦績開示は、下手をすれば嫉妬というデメリットにつながる恐れがある。でも、このグループでは、良い方に傾いていた。

 やっぱり、この人たちはいい人だな。凌駕は三度、同じことを思うのだった。

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