おわりのはじまり

第1-1話:失生

 2086年4月8日


「はい! ここの掃除終わり!」


 今日も『救世部』は活発に活動を続けていた。


 救世部。それは世界平和のために、世の中の負物を除去する役目を担っている。


 格好良く詠っているが、実際のところは掃除や人手補助、人生・恋愛相談と言った日常の困りごとを解決するコミュニティである。

 

 現在の加入人数は二人。今は部活という概念はなく、誰もが娯楽として楽しむコミュニティがあるだけである。


 そのため、人数の制限はなく、二人でも立派に活動することを許されている。 


『部』とついているのは、コミュニティのリーダーである『柊 愛理(ひいらぎ あいり)』が、本気で取り組むための意思表示としてつけたものだ。それに、救世コミュニティは長くて言いづらい。


「こっちの方も無事終わった」


 もう一人のメンバーである『加賀美 凌駕(かがみ りょうが)』もまた別部分の掃除を終え、こちらへとやってきた。


「さすがは、凌駕。この私と同じタイミングで終えるとは、やりおるね!」


「伊達に一年間、このコミュニティで救世活動を続けてきたわけじゃないからな。それにしても、今年は加入数が増えると思ったけど、うまくはいかないみたいだな」


 高校二年生へと進級し、今学校は『コミュニティ勧誘』で大忙し。二人も勧誘をしようと思ったが、依頼がたくさん溜まっていたため活動するのに手一杯だった。


 この一年間の救世活動によって、この地域における認知度はそれなりとなった。校内のみでなく、校外からも依頼が来るほどに。


 だから、何をしなくとも、加入数が増えると期待していたのだが、未だ0人という由々しき事態に陥っていた。


「ほんとねー。メンバーが来ることを期待していたのに、来るのは依頼だけと言うね。人手があれば、救世活動の幅が広がるんだけどなー」


「このまま二人となると、やれることは昨年度と一緒になりそうだな。でも、その分お互いに作業効率は上がっているから多くの活動はできそうだけど」


「しかし……なあ……」


 愛理は深く考え込む。このまま、何もしない状況が続けば、確実にメンバーは集まらない。とはいえ、依頼をサボってコミュニティ勧誘をするというのは本末転倒。


 深く考えた末、一つの結論にたどり着く。


「よし、決めた! 明日からコミュニティ勧誘する!」


「勧誘するって言っても、明日からの依頼はどうするんだよ?」


「作業分担よ。私が勧誘するから、凌駕は依頼をこなす。それで行こう」


「俺一人で依頼全部こなすのか。それは、さすがに心苦しいな」


「じゃあ、役割交換する?」


「俺が勧誘で、愛理が依頼をこなすか?」


「そう」


「……」


 凌駕は脳内で、自分が勧誘をしている場面をシミュレートする。声をかけても、声をかけても誰も振り向いてくれない。それはさながら『マッチ売りの少女』のように。


「いや、やめておく。依頼をこなしている方が性に合ってそうだ」


「でしょ。勧誘は去年の実績がある私に任せなさい!」


「集まったのは俺一人だがな」


「十分よ。0に比べれば相当マシ。一人加入してくれれば、私としては満足なんだよね。今年も凌駕みたいな素敵な子が入ってきてくれればなー。『俺には、お前が必要なんだ』って、告白してくれる人」


「っ!」


 突如と発される愛理の言葉に凌駕は思わず、赤面してしまう。去年の今頃、凌駕は校門近くで行われているコミュニティ勧誘に目を配らせていた。


 その中でも、『救世部』という浮いた名前。加えて、どの部活にも負けないほど真剣に勧誘を行っていた愛理に凌駕はつい見とれてしまっていた。


 それが仇となり、愛理に目をつけられ、強引に仮登録させられることになった。


 だが、その仮登録で懸命に頑張る彼女を見たことで惹かれることになった。


 自分が抱える疑念を晴らしてくれる存在になるかもしれないと。だからこそ発した台詞であるが、改めて言われると羞恥心に駆られる。


「なんだ、赤面して可愛いな」


「想像以上に格好つけていたと思って。さすがに恥ずかしいな」


「はははっ。まあ、でも、そんな台詞が吐ける凌駕は……んっ!」


 愛理は言葉を中断して、不意に遠方の方を覗く。


「どうした?」


「いや、何だか私の『救世探知能力』が疼いた気がして」


 救世探知能力は身の回りで起こる危険を察知する能力である。愛理は先天的に能力を身につけていたようだ。


 能力の詳細はよく分かってはいない。一つだけわかることあるとすれば、愛理のネーミングセンスはあまり良くないということだろう。


 能力について言われたとき、凌駕は冗談半分に聞いていた。しかし、一年間の年月をかけて能力について信じざるをえなくなっていた。


 愛理が突如表情を変えるときはいつも近くで何かが起こる。あるいは起こっている。


「場所はどこだ?」


「分からないけど、こっちな気がする。ついてきて」


 突発して起こる危険を取り除くのも救世活動の一環。凌駕は愛理の行く場所に付いていくように足を動かした。


 愛理についていく最中、子供たちが一本の木を眺めている光景が目に入る。


「何かありそうだね」


「行ってみよう。困りごとなのは間違いなさそうだ」


 木の方へと近づき、子供たちの視線の先を覗く。すると、木の上に一匹の猫の姿が見えた。


 おびえているように身をかがめている。さしずめ、何かに夢中で木に登ったものの、降りられなくなったと言ったところだろう。


「一体どうしてこうなったの?」


 愛理は近くにいた女の子に声をかける。


「わからないけど、ここで遊んでいたら猫の鳴き声がして。それで、声のする方をさぐってみたらあそこにいたの」


「なるほどね。それにしても随分高く上ったね」


 目の前にある木は、公園の中心部にある大きな木だ。猫が登った位置は大体地上から五メートルほど。一体、どれほど熱中して登ったのだろうかと疑問に思うが、今それを言及している場合ではない。


 木登りだと子供の方が得意な気はする。だが、この距離では万が一落ちたときに大事になりかねない。


 ここは、俺が行くしかない。そう思い、凌駕は一歩前へと歩を進めようとした。


「よし! 私に任せておいて!」


 だが、すぐにその足は止まる。予感はしていたが、やはり愛理が名乗りを上げた。


「大丈夫なのか。結構な高さあるぞ」


「凌駕も知ってのとおり、運動神経には自信があるからね。それに、明日からはコミュニティ勧誘で救世活動できなそうだから、ここで大きい活動をしておこうと思ってね」


「愛理がそう言うなら構わないけど、本当にいいのか?」


 凌駕は下の方へと視線をそらしていく。救世部の活動は基本、制服を活動服としている。だから女子である愛理が履いているのはスカート。それで木に登ると言うことは、自然と見えてしまうわけだが。


「ああ、スカートのこと気にしてるの。大丈夫よ。一応、下に体操着履いてるから。パンツ見えなくて残念だったね」


 含み笑いを見せる愛理。別に見たいなんてやましい気持ちはなかった、わけではないが。それよりも問題は、見られた恥ずかしさで愛理が態勢を崩すかもしれないという疑念だった。


 まあ、男らしい愛理のことだから動じない可能性もあるだろうけど。


「それなら安心だな」


「とは言っても、木に引っかかってスカートが破けるのは勘弁願いたいから脱いどこうかな」


 スカートのホックを外し、その場で脱ぐ。言っていたとおり、下には体操着を着ていた。上は制服、下は体操着と違和感を覚える着方だが今は関係ない。


「じゃあ、行ってくるね」


「気をつけろよ」


 凌駕の言葉に笑みを浮かべると、愛理は木のちょっとしたくぼみに足をかけ、登り始めていく。子供たちは心配そうに彼女を見つめながらも「がんばれ」とエールを送っていた。

 

 万が一落ちてしまった場合に備えて、凌駕は愛理の真下にいることにする。下が体操着で良かったと常々思う。惜しい気持ちがないと言えば、嘘になるかもしれないが。


 ゆっくりではあるものの、着実に猫のいる枝に近づいてきている。それにしても、自分で言うだけあって、ここまで危なさそうな雰囲気は一切見せていない。バランスを崩す様子もなく、安定して登っている。


 そうして、猫のいる枝までたどり着く。枝に一度体重を乗せ、折れないかどうか確かめる。問題はないようで、そのまま体全体を枝に乗せていく。


 猫を怖がらせないようにゆっくりと屈みながら前へと進んでいく。凌駕もそれに合わせ、足を動かしていく。


 猫は相変わらず、その場から動こうとしない。愛理が近づいてもそれは同じで、愛理は猫の体を包み込むようにして抱いていく。


 子供たちから小さな拍手がこぼれる。これで第一段階はクリア。


 問題はここから。猫を抱きつつ、木から下りてくるのは至難の業だ。


 愛理もそれは分かっているようだ。再び戻り、枝の縁に付いたもののそこからの行動に戸惑っている。


 しばし沈黙が起こる。片手では、さすがにバランスを保つのが難しい。


 愛理は一度、制服のボタンを開け、猫を服の中へと入れる。制服を体操着の中に入れることにより、猫が逃げないようにうまく固定する。


 これで手は空いた。行きと同じようにくぼみを見つけ、ゆっくりと降りていく。

 どうやら、無事終わりそうだ。


 愛理の様子を見ながら凌駕は安堵を漏らす。多少体制がおぼつかないところがあっても、愛理なら大丈夫だろう。


 その安堵は、束の間だった。


 愛理の動きが突如と止まる。何事かと凌駕は愛理の方を覗く。よく見ると、愛理は小刻みに震えていた。


「どうした、愛理?」


 一体何が起こったんだ。愛理に声をかけてみるが、返事がない。


 だが、かすかに何か聞こえてくる。凌駕は耳を大きくして、その声の内容を聞いた。


「ちょっ。そこダメだって。あ、はははっ。ダメだって、くすぐったい」


 愛理から聞こえる笑い声。そして小刻みに震えている体。どうやら、猫が制服の中で暴れているようで、こすれる体にこそばゆさを覚えているようだ。


 これは、嫌な予感がする。そう思った凌駕の予感は的中する。


 なんとかこそばゆさから脱出しようと体制を整えようとした愛理が足場を踏み外し、そのまま地面へと落下してきた。


 まずい。凌駕は愛理が落下しそうな位置に付き、手を広げる。


 高さ数メートルからの落下。それをつかもうと思うと自分の方にかかる反動もかなりのものだ。気構えしておかなければならない。


 重力に引っ張られ、勢いよく落ちてくる愛理を凌駕はうまく捕まえる。と思ったが、愛理は愛理で何とかしようと思い、体をひねらせ、横向きの体制を取る。


 明日からはコミュニティの勧誘。ならば、最悪腕の一本が機能しなくなっても問題はない。


 そう思い、体をひねらせたようだが、そこで自分を助けようとしてくれた凌駕の存在に気づく。


 だが、時すでに遅し。ひねらせたことにより、愛理の肘が凌駕の腹部めがけて突き刺さる。


 一瞬の出来事であったため何が起こったか分からないが、強烈な痛みが凌駕を襲った。

 そのまま二人して倒れる形となる。


「いててて、凌駕。凌駕!」


 凌駕がクッションとなり、何一つ傷を負わなかった愛理。だが、目の前に倒れる凌駕は泡を吹いて気絶していた。



『本日の救世記録


 公園清掃・猫の救助

 

 ただし、メンバー加賀美 凌駕は犠牲となり、その命を絶った。(いや、絶ってないわ!)』

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