第25話 「幻橋」500文字【緑色、橋、ぬれた物語】

湖に沈んだ橋がある。

かつて脱線事故で崩れた橋梁の麓で、今もまだ妻は眠っている。


高熱で倒れた私の代わりに、商談の地へと発った妻。

運命を呪い続け、ある夜、妻の後を追って入水を試みた。けれど一匹のヤマメが絡みついてきて、立ち往生の末、村人に保護されてしまった。

それからは子供たちの為に生きた。


息子が事業を継いだ現在いま、老いぼれはほとりで長い息を吐く。

今日は妻の誕生日。

ずっと渡せなかったものが掌にある。

当時は駆け出しで、買えた指輪には小さな石がひとつ。刻印が済んで手元に届いたのは、列車の事故の後だった。


自分の人生は、涙にぬれた物語だ。

指輪を月にかざしながら歩を進めると、水鏡みずかがみが揺れて、ヤマメが跳ねた。

『指輪をください』

その声に、手が自然と動いた。

ヤマメは、ほおった指輪を口先で受けると、人間の姿になって湖面に立つ。

忘れもしない妻の姿だった。


『子供たちをありがとう。これからは自分の人生を全うしてください。そうしたら、私たちはまた逢えるのだから』


緑色に輝く石は、水と光の粒子を携え、矢となって昇天し、月の傍らで瞬いて消えた。


"Forever with you"

滲む空に唱えると、濡れた靴底から汽笛が響いた、気がした。

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