第5話「酒場」500文字【サイコロ、ブルース、魚】

サイコロを振って一夜の酒を賭ける男たち。

歌など、聴いていないくせにヤジだけは跳ね返ってくる。


日銭を稼ぐだけの生活になって、どのくらい経つだろう。

しゃがれた声が魅力的だと云ってもらったのは、遥か昔のこと。

今は、老いた女の酒焼けの声が、人生の未練を唸っている。


若人は、誰しもが夢追い人。

大人の声を耳に持たず、サイコロの行方にも興味は無く、

ギターを抱え、声を震わせ、道は一本。

ただひたすらの世界のなか、同志と競い、誇り、高め合い、

恐れることも知らず。

僅かの褒賛を滋養として、眠らない魚のように泳いでいた。

気がつくと、ひとり場末の店に乞うている。


あのとき――、

一緒に泳いだ魚たちは何処へいったのか。

いまは――。 

時にゆだねて、ブルースの夜に沈む。


過失はあったか。

恩恵はあったか。

せめてもの償いを、せめてもの感謝を。

自責の念で声を絞り、 

割れた爪で弦をはじく、

枯れた涙をさがすように。


手を叩く音が聞こえた。

私を手招きするのか。

退去を告げる合図か。


遠い日の喝采が髪の先から抜けていく。

ステージを降りる。

帽子の中には僅かなチップ。

抱え損ねて歪んだカップ。

フロアに飛び散り転がる小銭が、魚のように泳いでいった。


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