第68話

 神殿都市と呼ばれてはいるが、アンナバウムにはいかなる神殿勢力の総本山も存在しない――が、考えてみればこれは当然の事かもしれない。


 なにがしかの神殿勢力の本拠地が存在すれば、当然その街はその勢力一色に染まることになる――というのは流石に極端かもしれないが、限りなくそれに近い状態にはなるだろう。そういった都市は大抵、神聖都市と呼ばれる。


 むしろアンナバウムは、どの神殿勢力の総本山も存在しない事で、多数の神殿勢力が等しく――はないだろうが、まぁ大体そのような感じで――力を伸ばした稀有な街であった。つまりは街中が神殿だらけで、安直に神殿都市という話である。


 これには色々と理由があり、この街は元々、巨大な宗教国家の首都だったと言われている。それが時の魔王――現出した邪神という話だが――によって滅ぼされ、各地の生き残りやらなんやらが集まって再建した街がアンナバウムの元となったという事らしい。


 その魔王を倒した勇者の一団が滅亡した宗教国家の人間で、全員が宗派の違う神官達、――つまり聖人と聖女達だったという。


 そんな伝説が残る街なので、伝統的に複数の神殿勢力が強い力を持ち、総本山ではないものの、その手の神官や信者には人気の高い巡礼スポットでもあるという。


 都市を囲む街壁には一面、伝説の宗教画家カーゲスト=メイラーが手がけた壁画が描かれ、聖人勇者団と邪神の戦いを物語調に残しているが、近年は風雨による劣化が激しく、補修工事の為の寄付を募っているとか。


 アンナバウムの周囲には滅亡した宗教国家に属する神殿都市群が遺跡として残っており、それぞれに異なる神を祀っていたと言われている。


 アンナバウム近辺に魔物の姿が少ないのも、それら遺跡化した古代の神殿都市群が、今もなお神々の奇跡を残しており、古代の宗教国家の首都があったこの地に魔物の害が及ばぬよう、魔物達を引きつけているからだと言われいてる。


「――ってな感じだな」


 壁門の検問所で購入したタウンガイドを適当に読み上げると、ライズは言った。


「ほぇ~。じゃあ、あの像はその聖人勇者団って奴の像なんすかね」


 街に入ってすぐの場所である。馬屋の並ぶ門の前は大きな広場のようになっていた。ペコの指さす先――広場の中ほどは、武装した五人の男女を模った大きな立像が並んでいる。


「……あんまりそうは見えないのであるが」


 異形の像に怯えるようにキッシュが呟く。確かに、何の説明もなければ擬人化した魔物の像とでも思っただろう。


 聖人勇者団の像――タウンガイドによれば、彼らは神々の剣と呼ばれているようだが――は、肌の色が青や赤に鮮やかに塗られて、手が六本あったり、大きな鳥の翼が生えていたり、全身を炎に包まれていたり、禍々しい触手を纏っていたりと、多分に人間離れした要素を含んでいた。


「宗教的な誇張表現がなされたのでしょう。腕が何本もあるかのように自在に剣を操ったとか、鳥のように空を飛ぶ術を使ったとか。神像ではよく見る表現ですけど。魔王を倒した聖人聖女は、信者にとって限りなく神に近づいた存在という事になりますし、それだけ神聖視されているという事ですわね」

「だそうだ」


 得意気に解説するラビーニャに、ライズは内心でだけ感心しながら肩をすくめた。

 チビ達は別の所が気になったようだが。


「ラビーニャが真面目な事言いだすと気持ち悪いっすね」

「午後はきっと雨なのである」

「……言わなきゃよかったですわ」


 卵料理に殻が混じっていた時のような顔をしてラビーニャがぼやく。ライズが鼻の奥で笑うと、ラビーニャが半眼になって睨んできた。


「怒るなよ。俺は結構面白かったぜ」


 なぁ? という感じでチビ達に視線を向ける。


「ちょっとからかっただけっす。自分も面白かったっすよ」

「吾輩ももっと聞きたいのである」


 チビ達も習って掌を返した。

 ラビーニャは疑うような目で見ていたが、結局機嫌を直したのか、得意顔に戻ってふふんと鼻を鳴らした。


「最初から素直に褒めればいいのですわ。わたくしも神官の端くれですし、この街の事はよく知りませんけど、宗教関係の事で分かる事があれば教えて差し上げますわ」

「旅行記に書くのである! よろしく頼むのである!」


 手帳と鉛筆を両手にキッシュが飛び跳ねた。


「しっかし、この像もそうっすけど、全体的に派手な街っすね。なんだかお祭りみたいっす」


 もじゃもじゃ頭の後ろで手を組んでペコが辺りを見回す。


 ペコの言う通り、賑やかな街ではあった。建物はカラフルで、ジャングルの花々のような原色で塗られている。遠くには、それらが霞むようなド派手な神殿や見上げる程もある神像が、互いに競うように存在感を放っている。通りには屋台や露店も多く、店構えや売っている物も楽し気だ。そういう意味でも、お祭りという例えは的を射ている。


「いいじゃねぇか、楽しそうで」

「観光のし甲斐があるのである!」


 ニコニコ顔のキッシュは、許しさえ出れば今すぐ飛び出して行きそうな気配がある。


「そうっすけど、いいんすか? 観光なんかしちゃって」

「いいんじゃねぇか? 知らんけど」


 と、問いかけるように三人でラビーニャの顔色を伺う。


「特に手掛かりもありませんし。情報を集めるついでに観光をしても、バチは当たりませんわ」

「わーい! 吾輩、食べ物屋さんを見たいのである! 神殿も回って、あっちの大きな像も見たいのである! 名所も調べるのである! やる事が沢山あるのである!」

「自分は久々にちゃんとしたお風呂に入りたいっすね」


 しみじみとペコが言う。ライズも同じ気持ちだった。一応道中はライズの魔術とモモニャンの変身能力を駆使して風呂屋の真似事をしていたのだが、所詮は真似事である。風呂屋には、ただ身体を清める以上の価値がある。旅の疲れも溜まっているので、久々にちゃんとした風呂につかってゆっくりしたい。


「わたくしはギャンブルがしたいですわ」


 そちらについては色々と思う事がないではないが、小うるさいことは言わない事にした。ラビーニャも旅の間はギャンブルを我慢していた――と言っても、途中で村に立ち寄る度、酒場の村人相手にチンケな博打を打っていたようだが。


 どうやら不満は料理当番に向けられているらしく、一か八かの創作料理――大抵マズいが――で鬱憤を晴らしている。折角大きな街に来たのだから、息抜きくらいは大目に見るつもりだ。


 が、その前にだ。


「まずは拠点探しだ。冒険者の店を決めて近くの宿を取る。ほとんど準備もしないで出てきたからな。途中の村で小銭は稼いだが、それだって幾らも残ってねぇ。なにをするにしても、まずは一仕事してからだ」

「世知辛いのである……」


 おあづけを食らい、キッシュがしょんぼりと肩をすくめる。


「例の悪名がなければ、護衛仕事を請けながら移動できたのですけど」


 ライズの、と言わない程度には気を使ったらしい。森の王の一件で、ライバーホルンにおけるライズの評判は地に墜ちていた。魔物退治と違って護衛のように人の絡む仕事は信用が大事になる。特に急ぐ用事もなければ、冒険者の旅は商人や旅人の護衛仕事のついでに行うものなのだが、今回の旅はそうもいかなかった。


「ライズさんの噂、こっちまで届いてないといいっすね」


 深刻そうな顔は見せずとも、心配そうには言ってくる。


(お前らと一緒なら、別に気にもならなねぇがな)


 と思うのだが、恥ずかしいので口にはしない。

 そうでなくとも、ラビーニャの言う通り現実的な問題はあるわけで。


「ま、こんだけ離れてりゃ流石に大丈夫だろ。もし駄目でも、ハンナに貰った餞別があるしな」


 懐から取り出した封筒を振って見せる。


「ラブレターっすか?」

「ちげぇよ!」


 肩でコケると、色ボケ娘に溜息を一つ。


 気を取り直してライズは告げた。


「紹介状だ」

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