第67話
一ヵ月も歩き続ければ景色も変わる。土地の魔力の質が違うのだろう。拓けた草原や背筋の伸びた高い森の多いライバーホルン周辺とは違い、この辺りは多彩な植物がお互いに食い合うように絡み合っている。
いわゆるジャングルという奴である。気温も高く、空気はじっとりと湿っている。
遠くからはひっきりなしに鳥獣の鳴き声が聞こえて騒がしい。王魔の時が始まって魔物の数も増えたはずだが、その割には、この辺りでは魔物に出くわす機会は少なかった。
街道は一応整備されていたが、足元を這いまわる根の力強さに圧されて、所々波打つように歪んでいた。
いつかの時代にかこの地で栄えた文明の名残だろう――つまり、いずれかの王魔の時によって滅んだという事だが――街道を囲む鬱蒼としたジャングルに目を向ければ、しばしば朽ちた遺跡の名残を思わせる崩れた石造りの建造物の一部や、半ば植物に取り込まれて自然と一体化した石像などが転がっている。
ライズとしてもこの辺は初めてで、最初の頃はチビ達と同じように物珍しく景色を眺めて歩いていた――もう飽きたが。
「今更の話をしていいか」
ラビーニャの作った冒涜的な朝食でムカついた胃の辺りを撫でながら、なんとはなしにライズは尋ねた。
「なんすか?」
拾った枝を振り回しながら、先頭を歩いていたペコが振り返る――後ろ向きに歩き続けながら。ペコの隣に並ぶキッシュもモモニャンの上で向きを変えた。ライズの隣を歩くラビーニャは特に反応も見せないが――ライズとしては、彼女に言ったつもりだった。
「俺達は魔王を倒す為に旅をしてるんだよな?」
「本当に今更っすね」
特に呆れた様子もなく、そのままの意味という風にペコが言う。
「まぁそうなんだが――」
と、我慢比べをしていたわけではないが、なんとなく負けたような気になってラビーニャに顔を向けた。
「その魔王ってのは、どうやって見つけ出すんだ?」
「それは勿論――」
枝を振り上げ、得意気にペコが言いかけて――口を開いたまま黙り込む。
沈黙を、甲高い猿の鳴き声が埋めた。
お道化たような鳥の声が響き、どんな生き物かも――そもそも鳴き声なのかも怪しいが――想像出来ないビョービョーという妙な鳴き声も聞こえてくる。
キッシュが困ったように三人の顔色を伺い、ラビーニャは一人何事もないかのように澄まし顔を続けている。
そして唐突に、ペコは首を傾げた。
「――どうするんすかね?」
視線を隣のキッシュに向けつつ。
「わ、吾輩に聞かれても困るのである。リーダーはライズなのである!」
困り顔でこちらを指さしてくるが。
「俺だって知らねぇよ」
「じゃあなんでこっちに歩いてるんすか?」
そんなつもりもないのだろうが、無邪気に責任を押し付けてペコが聞いてきた。
(そんなのは、俺が知りてぇ話だよ)
内心で呻く。ライズこそ、なにか意図があってこちらに進んでいるのかと思っていた。が、よくよく考えるとそんな話も特に出なかった。それでふと、こいつらはただなんとなく歩いているのではないかと思ったのだった。
「いや、なんとなく朝日の昇る方角に歩いてただけなんだが」
別にライズが言いだしたわけではない。誰ともなしにという奴である。ライバーホルンを旅立った時からずっとそうしていた。朝起きて歩き出すとなれば、朝日の方角に歩いた方がなんとなく気持ちがいい。ただそれだけの理由である。
「なんすかそれ」
「もしかして、ここまで歩いてきたのは全部無駄足だったのであるか!?」
呆れるようにペコ。キッシュは愕然としていた。
「俺のせいにされても困るんだが」
本当に困るしかなく、ライズは鼻の頭を掻いた。バツが悪くなり、再度逃げるように隣の自称聖女に視線を向ける。
「そもそも、俺が勇者だってのはラビーニャが言い出した話だろ? 行く当てとか、なんかないのかよ」
「ありませんわ」
聞いていた様子はないが――だからと言って本当に聞いていなかったわけではないのだろう。ラビーニャは澄まし顔で即答した。
「ありませんてお前……」
ラビーニャを責めるのもお門違いな気はするが、だからと言ってこちらを責められても困る。つまりは困るしかなく、ライズは困った。
「以前も言いましたが、啓示とはあくまでも一つの可能性でしかありませんわ。それはともかく、ライズには、勇者になる可能性がある。つまりは、魔王を倒す可能性ですけど。その可能性には当然、魔王と巡り合う事も含まれているはずですわ」
「はずですって言われてもなぁ」
「なんか頼りない話っすね」
ライズの気持ちをペコが代弁する。
「啓示など所詮その程度のものですわ。信じるか信じないかは自由ですけど、信じて行動しなければ、叶うものも叶いませんわ」
「そりゃまぁ、なんだってそうだろうが」
「つまり、なんとなく旅をしていればその内魔王に会えるという事であるか?」
要点をまとめてキッシュが聞く。
「なんとなくでは駄目でしょうけど。魔王を倒すという目的を持って行動すれば、運命は自ずとわたくし達を魔王のもとへと導くはずです」
「やっぱ頼りない話っすね」
やはりペコが代弁し、同意を示すようにライズも肩をすくめる。
「よくもまぁ、そんなよくわからんものを信じる気になったな」
そんな事を言えば、まともな神官が相手なら怒りの一つも買っただろうが。
「信仰とはそういうものですわ」
ラビーニャはどこ吹く風で鼻を鳴らすだけである。
「わたくしは信じると決めた。故に、わたくしはそれを信じるのですわ」
それこそ、神官らしい物の見方という事なのかもしれないが。
得意気に言われても、神官ではないライズには納得出来る話でもない。
別に、納得したいわけでもなかったが。
ラビーニャとしても、こんな話で納得させられるとは思っていなかったのだろう。
「事実として、ライズには特別な力がありましたし、わたくし達はライバーホルンの危機を救った。これだけでも十分、勇者の一団になり得る素質はあると思いますけど?」
それを言われれば、まぁそうだろうかと思わないでもない。
思い返しても実感は乏しく、むしろ時がたつ程、全ては夢の中の出来事だったのではと疑いたくもなるのだが。
別に、ライズもなんとなく気になっただけで、あてがないのならそれでも別に構いはしない。それこそ、旅行気分で気ままに歩くだけである。
「まぁ、それもそうだな」
と、適当に相槌を打って話を終わらせる。
所詮は暇つぶしに放り投げた話題である。
程なくして、道を囲う密林が拓け、極彩色の壁画が描かれた巨大な街壁が一行を出迎えた。
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