第64話
「……薬草ってのはこいつで間違いないか」
聞いていた通りの、渦巻きのような形をした薬草である。葉の内側は白っぽく色が抜け、縁は太く紫がかっている。珍しい見た目なので間違う事もないだろうが、一応確認した。
「これこれ、これでさぁ。すみませんね、こんなに沢山」
大袋三つ分の薬草を前にして親父の頬がにやける。
「苦労したのですから、相応の値段で買い取ってもらいますわよ」
「へへ、そりゃあもう」
ラビーニャに釘を刺されて、道具屋の親父は愛想よく手を揉んだ。頬は引きつっていたが。言葉だけで、この後にたっぷりラビーニャとやり合うのだろう。
「それで、魔物の方は?」
「その場にいた奴は全部片づけた。馬鹿でかい蛆虫もどきが十数匹って所だ。多分あれで全部だろうが、土の中に棲んでてな。保証は出来ねぇぞ」
なんにしたって、保証など出来るものでもないのだが。
向こうもそれは承知しているのだろう。気になったのは違う事らしい。
「蛆虫もどきですかい?」
小馬鹿にするわけではないが、どこか拍子抜けした様子は否めない。他に適当な呼び名も思いつかないが、蛆虫と言わて大した事のない雑魚を想像したのだろう。
「ただの蛆虫ではないのである! こ~んなに大きくて、魚みたいに土の中を泳いで、ざっぶ~ん! と大きな口で襲ってくるのである!」
道具屋を訪ねる前に、キッシュには取り急ぎ酒場で適当に食事をさせていた。腹が満ち、顔色も戻って元気いっぱいである。
だからと言って、親父の納得を得られたわけではなかったが。
「はぁ……」
と、気のない返事を向けて来る。あるいはそれは、報酬を値切る為の演技かもしれないが。その辺の事はラビーニャがどうにかするだろう。ライズとしてはさして興味もない。
「ところで、そっちのお嬢ちゃんはどうしたんで?」
身体中生臭いべどべどの体液塗れになって俯くペコに視線を向けて親父が聞く。ペコはすっかりしょぼくれて顔もあげなかったが。
あの後、ペコを呑み込んだ巨大な蛆虫もどきは、程なくして出てきた穴から這い出して、苦しみ悶えながらペコを吐き出した。わけも分からず止めを刺し、なんだったのだろうと首を傾げながら泉へ向かっていた所、キッシュが思い至った。
「ペコの足が臭すぎて吐き出したのではないのであるか?」
そういえば、他の蛆虫もどきも、ペコに襲い掛かる前に空気の臭いを嗅ぐような動きをしていた。騒いでもいないのにペコが襲われたのも、足の臭いが目立ったからに違いない。
と、そんな結論が出ると、ついついみんなで大笑いしてしまった。悪気はなかったのだ。しかし、足クサで命を救われた勇者ペコである。笑うなというのも無理な話だろう。
ペコからすればだからどうしたという話なわけで、乙女のプライドを傷つけられて、この通りすっかり拗ね散らかしている。
そんな話を親父にするわけにもいかないので、ライズは苦笑いで誤魔化したが。
「まぁ、色々あったんだ。聞かないでやってくれ」
†
そういうわけで、無事臭い消しも手に入り、日の出の一団は旅を再開した。
その日の夜の事である。
「ん~ん。苦労して手に入れただけあって効果は抜群っす!」
臭い消しを敷き詰めたブーツに鼻面を突っ込み、うっとりと芳しそうにペコは言う。言葉通り、ペコの足とブーツの臭いは打ち消され、モモニャンテントの中には心落ち着くような爽やかな芳香が薄く漂っている。小袋一つで半月程持つそうだが、それをペコは荷物の空きが許すだけ買い込んでいた――なくなったら他の街で代わりを買えばいいだけなのだが、それを言うのは野暮というものだろう。
「キッシュも嗅いでみるっす!」
と、隣でラビーニャに髪を梳いて貰っているキッシュにブーツを向ける。
「やめるのである! 汚いのである!」
キッシュはうっ! としかめた顔を遠ざけたが。
「もう汚くないっすよ! ラビーニャもそう思うっすよね!」
ペコはムッとして、今度はラビーニャにブーツを向ける。
ラビーニャは座ったまま、長い脚を上げてそれを防いだ。
「臭い消しが効いてるだけで、足クサが治ったわけではありませんわ。そんなの、汚いのと一緒でしょう」
「臭くないんだから治ったのと一緒っす!」
捨て台詞と共に舌を出すと、今度はこちらに視線を向ける。
「ライズさんは嗅いでくれるっすよね!」
「ぐー」
そうなるのは分かっていたので、ライズは一足先に狸寝入りを決め込んでいたが。
「……ぇぃ」
「だぁ!? やめろばっちぃ!」
鼻先にブーツの履き口を押し付けられ、がばりと跳ね起きてブーツを叩き落とした。
「うがああああ! みんなして! なんでそんな事言うんすか!?」
「臭いがどうとか関係なく、他人の履いたブーツなんざ嗅ぎたくねぇって話なんだよ!?」
「ピッチピチの十六歳の美少女のブーツっすよ! 臭くたってむしろご褒美じゃないっすか!」
「うるさいのである。ペコのお陰で今日はヘトヘトなのである。昨日もよく寝てないのであるから、早く寝かせるのである」
大欠伸をしてキッシュが言う。身も蓋もないが、まったくもってその通りではあった。
それはペコも分かっているのだろう。
「む~~! 後で嗅がせて欲しいって頼んでももう遅いっすからね!」
と、謎の捨て台詞を吐いて不貞腐れた様に横になる。
それから数分もしない内に、ペコは寝息を立てはじめたが。
「全く、気楽な奴だぜ」
呆れた心地で呟くと、ラビーニャが肩をすくめてペコの癖毛頭を軽く撫でた。
「これでもこの子、昨日は足クサを気にして一睡もしてなかったのよ」
「知ってるよ」
同じような心地でライズも肩をすくめる。
じゃじゃ馬のお転婆娘でも、それくらいの乙女心はあるのだろう。
「寝てないのは吾輩達も同じなのである。おやすみなさいなのである」
本当に眠いのだろう。ふらふらと頭を揺らして言うと、キッシュもころりと横になる。
「わたくしも疲れましたわ」
ラビーニャも寝転び、ライズは光球を消して目を閉じた。
(――ま、悪い匂いじゃないよな)
苦労して手に入れた臭い消しの香りを心地よく感じつつ、ライズも眠りの淵へと――
「ぐが~~~~、ぐごごごごごご、ぐが~~~~~~、ぐごごごごごご――」
(……勘弁してくれ)
げっそりと思いながら、ライズは頭から毛布を被った。
意味のない抵抗だろうが。
「うるせぇですわ!?」
「うるさいのである!?」
ペコのいびきに二人が飛び起き、がくがくと肩を揺する。
「んぁ~、なんすか? 気持ちよく寝てたのに……」
「なんなんすかじゃねぇですわ!」
「足クサの次はイビキである! ペコは吾輩達に恨みでもあるのであるか!?」
「はぁ? この美少女のペコちゃんがイビキなんかかくわけないじゃないっすか」
「かいてましたわよ! 盛大に! ド喧しく!」
「あんなのが隣から聞こえてきたら煩くて眠れないのである!」
「そ、そんなわけないっす! きっとなにかの間違いに決まってるっす! ねぇライズさん!? ライズさん? ライズさ~ん!?」
その頃には既に、ライズは毛布を片手にテントから逃げ出していた。
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