第63話

「どうするのであるか!?」


 モモニャンを走らせながらキッシュが聞いてくる。

 魔物は十数匹、それが水面を跳ねるように地面を飛び跳ねてこちらに殺到している。


「どうするって、倒すしかないでしょう」


 と、ラビーニャが視線を向けて来る。飛び道具が使えるのはライズだけである。


「簡単に言うなっての! お互いに動きながら魔術を当てるのは――」


 簡単ではない。特に、これ程の速度であれば。

 言い終える前にモモニャンが猫のように身を翻して中断する。また蛆虫もどきが飛び出してきたわけだが。


「――だぁ! 鬱陶しい!」


 もげそうな首を抑えながら吐き捨てる。


「逃げるだけでも大変ですわね」

「モモニャンはお腹が空いてて力が出ないのである!」


 腹が減っているのはモモニャンだけではないだろう。キッシュの腹は先ほどからきゅるきゅると鳴り、顔色も悪い。モモニャンとキッシュは魔力的に繋がっている。モモニャンの貯えで足りなくなれば、その分キッシュが消耗する事になる。


(長くは持たないそうだが――)


 かといって、どうするという話である。

 どうにか仕切り直したいが、バラけるにしても相手の数が多すぎる。地中を移動して一方的に距離を詰められると、得意の魔術も役には立たない。


 とにもかくにも、必要なのは策だった。それだけが、不利な状況をひっくり返せる唯一の武器である。


 分かってはいても、考えなど浮かんでは来なかったが。


「――あいつら、どうやって自分達の事追って来てるんすかね」


 唐突に――というわけでもないのだろうが。先ほどから似合わないしかめっ面で蛆虫もどきを睨んでいたペコが呟く。


「……確かにあいつら、目があるようには見えないな」


 思い付きの呟きだろうが、突破口が開けそうな気はした。

 それはラビーニャも感じたのだろう。即座に頭を回転させる。


「土の中にいる魔物ですわ。目など必要ないのでしょう」

「なら耳か?」

「それか、あのぶよぶよの身体で大地の振動を察知しているとか」


 ラビーニャの言葉がすとんと腑に落ちる。

 思えば、連中が現れたのもペコが大声を出してからだ。


「ナイスだラビーニャ」

「ふふん。美しくて賢いわたくしにかかればこの程度――」

「自分も良い事言ったっすよ!」


 得意気なラビーニャをペコが遮る。


「あぁ。ペコも良い思い付きだ。あとはこいつをどう利用するかだが――」


 会話に加わる余力もないのだろう。キッシュはただでさえ白い顔を真っ青にして俯ている。


(そろそろ限界だな)


 それも踏まえて策を練る。と言っても、大した案ではなかったが。


「キッシュ。俺が隙を作ったら、モモニャンを木に登らせられるか?」

「……んぁ。それくらいは、大丈夫なのである」


 空元気という感じだったが。


「登り終えたらキッシュの仕事は終わりだ。ラビーニャはキッシュの援護。ペコは二人から距離を取って待機。俺が合図したら挑発を使いながら大騒ぎして蛆虫どもの陽動だ。その隙に俺が狙撃する。出来るか?」

「楽勝っす!」


 仕事を任されたのが嬉しいのだろう。満面の笑みで両手にピースを作る。


「なら、早速やるぞ! キッシュ! ベルトを解いてくれ!」


 蚊の鳴くような声で答えると、モモニャンベルトが皮膚に吸い込まれる。

 ライズは練り上げた魔力を肉体に纏いつつ、疾走するモモニャンの背から飛び降りた。


 ――綺麗に着地、とはいかない。慣性に引きずられて地面を転がるが、衝撃は鎧のように纏った魔力で吸収する。なん回転かで受け身を取り、その勢いで地面に両手を着く。


「大地よ――笑え!」


 どっ! と、巨人が尻餅でも着いたかのような轟音が地面を走った。昨晩、ラビーニャ達を叩き起こした術を思いきりぶっ放しただけなのだが。全身が耳のようになった魔物には堪えただろう。


 文字通り、蹴り出されたかのように地中に潜っていた蛆虫もどきが飛び出して、爆音に苦しむように大地をのたうつ。


 視界の端では作戦通り、モモニャンが猫のように木を登っている。

 今の内にライズも手近な木へと走った。


「爆ぜろ!」


 ついでに近くの蛆虫もどきの口の中に爆裂弾を放り込む。言葉通りに蛆虫もどきの上半身が破裂した。飛び散った生臭い体液に顔をしかめつつ、別の一体にも同じように爆裂弾を放り込む。


 そのあたりが潮時だろう。欲張れば、復活した蛆虫もどきに蹂躙される。その前にライズは目の前の木に飛び付き、足裏に魔力を込めた。練気術による壁歩きで幹を駆け上がり、高さを稼いで立ち止まる。


 その頃には蛆虫もどきも復活したようで、地面の穴から顔をだして、口しかない頭部を不思議そうに左右に振っている。


 視線を感じてそちらを見ると、ペコがもういいっすか? とせっつくような顔で小盾の前に小剣を構えている。


(もう少し待て)


 というような顔で目配せをする。ペコならそれだけで大抵の事は通じる。


 待たせたのは、少し様子を見たかったからだ。これで完全に見失ってくれたなら、もう一、二匹、奇襲で殺す余裕もある。


 が、そう上手くもいかないらしい。特に物音を立てたわけでもないのだが、蛆虫もどきは揃ってペコの方に頭を向けた。


(見えてんのか!?)


 ギョッとしつつ、魔力を練り上げる。


「魔弾よ――」

「こっちを見ろっす!」


 ライズの言葉をかき消すように、ペコは叫んで盾を叩いた。挑発的な魔力がダメ押しとなって蛆虫もどきを引きつける。合図はまだだったが、ライズが動いたのを見て自分で判断したのだろう。


 放った魔弾は三発だが、当たったのは二発だけだ。もう一匹は他の蛆虫もどきと同じようにとぷんと地面に潜った。なにをするつもりなのかはなんとなく予想もついたが。


「――」


 注意を促そうとペコの方を向くと、騒ぐなとでも言うように人差し指を立てて睨んでくる。


 下手に大声を出してライズまで狙われればご破算である。分かってはいるのだが、つい過保護になってしまうのだ。


(――信じて任せるのも仲間だよな)


 と、自分に言い聞かせつつ魔力を練る。


 直後、地面を割って無数の蛆虫もどきが砲弾のように宙を舞った。


「――」


 叫びだしたくなる気持ちをグッと堪えて、冷静に狙いを合わせる。蛆虫もどきは地中で加速し、その勢いで高く飛び出しているらしい。ペコは十分注意を引きつけた事を悟ると、盾をしまい、剣を片手に枝の上を駆けだした。


 元々身軽なペコである。これだけ距離が開けていれば、蛆虫もどきの突撃を躱す事は難しくはない――という程余裕でもないのだろうが、思ったよりは上手くやっている。枝の上を猿のように飛び回りつつ、時にはすれ違いざまに斬りつける余裕すら見せていた。


 その間にライズは落ち着いて狙いを定め、落ちてきた所を一匹ずつ仕留めていく。

 時々危ない場面もあったのだが、そういう時はラビーニャが遠くから障壁を張って防いで見せた――遠くに障壁を出すのは大変だからあまりやりたくないとボヤいてはいたが。


 そんな事をしばらく続けていると、程なくして蛆虫もどきの姿は見えなくなった。


「ほらほら! もうおしまいっすか! ペコちゃんのお肉は美味しいっすよ!」


 用心して、ペコが再び小盾を叩きながら、地面に向かって挑発的な魔力を投影するが、反応はない。


「打ち止めみたいっすね」


 こちらを見ると、物足りなさそうに肩をすくめてくる。


「こっちも限界だっての」


 立て続けに魔術を連発して、ライズも疲労している。想像していたよりもかなりキツイ仕事だった。


「ライズさんがへばったら残りは自分がやっつけるっす!」


 得意気に鼻を鳴らすと、ペコはひょいと枝から飛び降りた。地面まではかなりの高さがあるが、身体強化と魔力のクッションを併用して難なく――


「――ぁ」


 というマヌケな声はペコのものだった。

 ライズは驚いて声も出せなかったが。


 唐突に地面が裂けて、それまでの数倍はありそうな巨大な蛆虫もどきがペコを一呑みにして地中に消えた。

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