第57話

「なんですのこの臭い!?」

「きっと毒ガスなのである! 魔物に攻撃されているのである!」


 ラビーニャとキッシュが狭いテントでどたばたと暴れ回る。

 関わってもろくなことにはならなそうなので、無駄だと思いつつライズは寝たふりを続けた。


「外にはなにもいないようなのである!」


 外側に目でも生やさせたのだろう。モモニャンの報告を受けたように頷いてキッシュが言う。

 同時に、モモニャンテントの端が翼のようにはためいて、中の空気を入れ替えた。


「ライズ! 起きなさい! ライズ!」


 ラビーニャが揺すって来るが、やはり無視。


「寝たふりをしても無駄ですわよ!」


 あっさり見破ってギリギリと頬を抓り上げられるが――。


「――ぐー」


 なんとなく意地になって寝たふりを続ける。


「……あらそう。あくまで寝たふりを続けるつもり」


 冷ややかに言うと。


「どわぁ!?」


 おもむろに股座を握られて、思わずライズは跳ね起きた。


「なにしやがる!?」

「下手な芝居をするからですわ」


 横で寝ているペコの肌着で手を拭いつつ言ってくる。


(拭うんだったら掴むんじゃねぇよ!)


 と、釈然としない気持ちで思うのだが、この手の話題は触れるだけ損である。


「――で、なんなんだよ」


 暗いままではなんなので、頭の上に魔術の光球を浮かべる。

 スケスケのネグリジェを着たラビーニャに、お子様らしい素朴な下着のキッシュ、ペコも似たような物だが、だからどうしたという感じである。


「なんなんだよじゃありませんわ」

「なんだかわからないけどとにかく臭いのである!」


 鼻を摘まんでキッシュが言う。先ほど換気したばかりなのだが、テントの中には早くももんわりとした臭気が漂い始めている。


「それはまぁ……あれだ。旅なんかしてるわけだしよ。そういう事もあんだろ」


 バツが悪くなる謂れもないのだが、そんな心地で視線をそらす。

 それを見て勘違いしたのか、二人が顔を見合わせた。


「じゃあこれは……」

「ライズが臭いのであるか!?」

「ちげぇよ!」


 と、思わず叫ぶのだが。


「嘘おっしゃい!」

「臭いチェックなのである!」


 信じた様子もなく、二人でまとわりついてクンクンと嗅いでくる。


「やめろっての!」


 一応抵抗してみるが、防げるものでもない。


「あら、違いますわね?」

「ワイルド系ではあるが、あっさりしていて嫌な臭いではないのである」

「批評をすな!」


 心底意外そうにラビーニャ。料理の感想でも告げるようなキッシュに、ライズは鼻をつまんで抗議した。


「いだだだだだ!? いだいのである!?」

「でも、だったらこの臭いはどこから――」


 ラビーニャが呟くと、おもむろにキッシュの匂いを嗅ぎ出した。


「や!? 恥ずかしいのである!?」


 キッシュも両手を突き出して抵抗するが、基本的には非力な娘である。成すすべなく全身の匂いを確認される。


「キッシュではありませんわね」

「当たり前なのである! こんなねっとりした臭いをしてたら人として終わりなのである!」


(そんな臭いの元凶だと疑われた俺の立場はどうなるんだ?)


 と、こっそり半眼になって思うのだが、まぁ、女共が相手ではそんなものだろう。

 ともかく、ライズに出来る事と言えば、出来るだけ関わり合いにならないように口をつぐむ事くらいである。


「ラビーニャの匂いも嗅がせるのである!」

「美しいこのわたくしがこんな悪夢みたいな臭いを発しているわけがないでしょう?」


 自信満々に言うのだが、キッシュとしては仕返しがしたいだけなのだろう。返事も聞かず飛び付き、ラビーニャもそれは分かっているのか、肩をすくめて好きなようにやらせている。


「……結構恥ずかしいですわね」


 腋の下まで念入りに嗅がれて、珍しく赤面しつつラビーニャが言う。

 コメントを求めるように視線を投げられても困るので、無言で肩だけすくめておくが。

 気が済んだのだろう。ふんすと小さな鼻から息をついてキッシュが言う。


「ラビーニャでもないのである」

「とすればあとは――」


 と、二人の視線がペコに向いた。


「ん~……うひひひ、ライズさん、一本取ったっすよぉ~」


 まぁ、そんな夢を見ているのだろう。お気楽娘は幸せそうな顔で毛布を抱きしめ、酷い寝相を晒している。

 やはりライズは、我関せずを貫いたが。


 くんくんと、二人がペコの頭の臭いを嗅ぐ。そのまま、獲物を探す犬のように這いつくばって下へ下へと下りていき――


「臭いがきつくなってきましたわね」

「やっぱりペコが元凶なのである!」


 と、探偵でも気取るような顔で腰を過ぎ、膝を過ぎ、ついには足の裏へと達すると――


「ふぎゃぁ!?」

「く、臭いのである!?」


 二人同時に、鼻面を叩かれた猫みたいにひっくり返った。


(寝られるのは当分先だな……)


 そんな事を確信しつつ、ライズは大きく欠伸をした。


 つまりは大きく息を吸ったわけで。


「……まぁ、これは臭いよな」


 苦笑いで認めるのだった。

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