番外編2~旅人には悩ましい話~

第56話


 それは、日の出の一団がライバーホルンを旅立って数日程経った頃の話――


「――今日はこの辺にしておくか」


 街道を立ち止まり、なんとはなしに呟く。


「まだ早くないっすか?」


 見上げるまでもないのだが、赤く染まった空に鼻を向けてペコが言う。

 つられてライズも顎を上げた。


 どうという事もない夕焼けを有体に表せば、燃えるようなといった所か。夜の兆しはまだ遠く、辺りが闇に呑まれるにはまだそれなりに猶予もあるが――


「歩き疲れた」


 飼い犬に骨でも放るような心地で呟く。言葉以上の意味もない。歩きの旅で朝から足を動かしている。疲れないわけがない。


「自分はまだまだ余裕っす!」


 そんなライズの気も知らず、お気楽娘は無暗にはしゃいでくるのだが。


「吾輩もである!」


 張り合うようなキッシュに苦笑いを向ける。


「そりゃ、キッシュはそうだろうさ」


 キッシュは猫型のモモニャンに跨って、自分の足ではほとんど歩いていない――歩いた所ですぐに疲れて根を上げるのだが。まぁ、自称魔物使いのキッシュである。羨ましいとは思うが、ズルいと責める筋合いはない。


 一応その気になれば四人を乗せて走るくらいは余裕なのだが、いかんせん燃費の悪いモモニャンである。大した準備もなく旅立った日の出の一団の懐は寂しく、働いた以上に食べるモモニャンを満足させられるだけの食料は持ち合わせていない。それでなくともモモニャンには色々と役に立ってもらっている。


「わたくしはいい加減疲れましたわ」


 賛同したのはラビーニャだった。実際その通りなのだろう。立ち止まったのを幸いにと、しかめっ面で脹脛などを揉んでいる。


「「え~」」


 チビ共は不満そうだが。ただ歩いているだけでも、旅をしているという事実だけで楽しい年頃なのだろう。


「無理した所で人里にたどり着けるわけでもねぇ。夜中に賊やら魔物に襲われる事だってあるんだ。旅をする時は、たっぷり余力を残しておくもんなんだよ」


 と、説教じみた事を言うまでもなく、二人もたんに言いたいだけで、ライズに逆らってまで歩きたいわけではないのだろうが。


「それに、風呂だって入りたいだろ? 暗くなったら面倒だ。さっさと済ませて飯にしようぜ」


 奥の手という程でもないが。言ってやると、二人もあっさり掌を返した。


 †


 一度身についた習慣はそう簡単には変えがたい――風呂の話である。


 女共がどうこうというのもあったのだが――それこそ、雪月花の頃からの習慣である。ライズ自身、一日の締めくくりには身体を清めないとスッキリしない。


 旅の身分では贅沢すぎる悩みではあるのだが、幸いライズはそれなりに腕のいい魔術士で、おまけに仲間には、大昔の魔王が深淵から呼び出したとか言う変幻自在の便利な魔物がついている。


 であれば、風呂屋並は無理でも、真似事ぐらいは出来なくもない。

 まぁ、あくまで真似事だが。


 モモニャンに大きな桶になってもらい、そこに魔術で集めた水を注いで軽く暖めるだけである――という程簡単でもなく、魔術の火で程よい温度に温めるのは、それなりに神経を使う作業ではあるのだが――当然ライズも水よりは湯がいいので、修行のつもりでやっている。


 手間なので女共は三人一緒に、ライズは一人でゆったり入っている。一番風呂の権利は日替わりだ。


 料理当番はラビーニャが請け負う事が多く、これには幾つか理由がある。一番の理由は、旅の途中は博打が出来ず、欲求不満を料理で発散させているからだろう。つまりは、博打紛いの創作料理を食わされる羽目になっており、大体の場合はハズレの方が多い。とは言え、他の三人も別に料理が得意なわけでもなく、面倒くさいので不味い不味いと文句を言いながらラビーニャに任せている。


 他にも、ペコは朝晩稽古があり、当然のようにライズもそれに付き合っているとか、ライズとキッシュは風呂係で役に立っているからとか、細かな理由はある。こうして見るとペコが一番楽をしているように見えるが、体力馬鹿の元気娘は訓練ついでに現地での食料調達係をやらせている。


 つまりは狩りだが――ラビーニャの料理が安定しないのは、食料調達係のペコが怪しい山菜やら魔物化した虫やらと妙な食材ばかり持ってくるからという説もある。まぁ、狩人でもないペコがそう都合よくウサギだの鹿だのを狩れるわけでもないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 ともあれその日の食事もいつも通り不味く、敷物のように広がったモモニャンの上にくつろぎながら――全く、頼りになる魔物である――モモニャンが体内に収納した酒を飲んで――全く、便利な魔物である――就寝までの時間をだらだらして過ごした。


 この通り、キッシュのモモニャンは大変役立つ魔物なので、キッシュが一人でモモニャンの背に乗って移動していても責める理由にはならない。なんなら、代わりにライズが背負って歩いてもいいくらいである。


 モモニャンの活躍はまだ続く。就寝となれば、敷物状のモモニャンはそのままテントになって雨風を防いでくれる。ゾッとするよな手触りだけがたまに傷だが、それを言うのはそれこそ贅沢という物だろう。


 そんなわけで、勇者になる覚悟を決め、魔王とやらを倒す旅を始めて数日。

 今の所は特に苦労もなく、旅行気分で楽しくやっている。


 モモニャンテントの中でも、一応は用心して、ライズはいつでも動けるような恰好で寝ている。


 女達は呑気なもので――まぁ、なにかあっても大抵の事はモモニャンがどうにかするだろうが――楽な格好、つまりは下着姿で寝ている。


 そんなのは雪月花の頃に見慣れたし、どうせテントの中は暗いので気にもしないが。


 一日歩いてへとへととは言わないが、まぁそれなりに疲れている。旅を始めてまだ数日。生活の変化に慣れるにはまだ暫く時間がかかりそうで、なれない事をすれば当然それだけ疲労もたまる。


 正直気になる事もないではないが、触れずらい問題でもある。無視しようと思えば出来ない事もないので、知らん顔で目を閉じた。


 街道から少し離れた岩場の影である。


 三角形のモモニャンテントに抱かれながら、虫の鳴き声を子守唄にゆっくりと転がるように眠りの世界へと落ちていく――が。


「――くっせぇですわ!?」

「臭いのである!?」


 跳ね起きた二人の絶叫が甘い眠りを吹き飛ばした。

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