第54話

「その辺で勘弁してやれ」


 首根っこを捕まえてユリアを引き離すとライズは言った。


「うわあああああああ!?」


 興奮したユリアがナイフを向けて来るが――所詮は素人である。そうなる事も想定しており、あっさりと手首を掴んで封じる。細い手首に力を込めれば、ユリアは悲鳴をあげてナイフを落した。そちらはとりあえず適当に蹴飛ばしておく。


「なんだよお前! なんなんだよ!?」


 猫のようにぶら下げられた恰好でユリアが暴れる。人を刺した興奮に加えて、ライズが覆面を被っているからだろうが。


「俺だよ俺」

「……その声は、昨日の――」

「おっと。名前は呼ぶなよ。わざわざ覆面まで用意して顔を隠した意味がなくなっちまう」


 その説明でなにが分かったというわけでもないだろうが。

 ユリアは暫く茫然とすると、じわじわと顔を怒らせた。


「どうして!? 一度だけじゃなく二度も! なんで僕の邪魔ばっかりするんですか!?」


 この世の理不尽を一身に背負ったような顔で言ってくる。まぁ、小僧の気持ちになってみればそう思うのも分からないではなかったが。


「馬鹿野郎。逆だ逆。俺達は、てめぇを助けに来てやったんだよ」


 苦笑いで言ってやると、ユリアはわけがわからないという顔で瞬きをした。


「……それってえっと、僕を連れて逃げてくれるとか?」

「馬鹿言うな。ガキの御守りは間に合ってるっつの」

「じゃあ、あいつを跡形もなく消してくれるとか?」


 ユリアが図体だけはいっちょ前の老け顔の小僧を指さした。切羽詰まった顔でナイフの刺さった腹を抑え、小便まで漏らして泣いているが、どうという事もない。あの程度の傷では一晩放っておいても死にはしないだろう。


「出来なくはないが――」


 とライズが言うと、不良少年は引き攣った悲鳴をあげて這いずりだした。


「そこまでしてやる義理はねぇな」

「……じゃあ、なにしに来たんですか」


 ユリアも敵か味方か測りかねるような目をして言ってくるが。


「ま、こっちはこっちで色々と思う事があるってこった」

「うはははははは!」


 タイミングを計っていたのだろう。吹き抜けになった広間の二階部分で待っていたペコが、腰に手など当てつつ高笑いを上げた。


「とぉ~! っす!」


 掛け声と共に手摺を飛び越え、空中でくるりと回って不良少年のそばに着地する。


「自分は正義のイジメ絶対許さない仮面! なんかムカつくんで憂さ晴らしに参上したっす!」

「えぇ……」


 マヌケすぎる口上に、ただただ困惑してユリアが呻く。


「な、なんなんだよお前……」


 見上げる不良少年も似たような物だが。

 そちらは無視してペコは足を上げた。


「そい」


 軽い掛け声と共に不良少年の脛を踏み折る。


「うあああああああああ!?」


 不良少年は悶絶するが、折れた足で暴れても痛いだけなので、歯を食いしばって耐えている。


「もう一丁」


 ペコは気にせず、容赦なくもう一方の足もへし折ったが。


「――ぁぁっ――はぁ――ぁ――」


 息も尽きたのか、今度はろくに悲鳴も上がらなかった。


「……な、なにしてるんですか?」


 通り魔でも見るような顔でペコを見つめて聞いてくる――実際似たようなものだろうが。


「ま、なんだかんだこの件に関してはあいつが一番怒ってたってこった」


 どうという事もないようにライズは答えた。


「か、ぁが、ぁ、こ、こんな事して、た、ただで済むと――」

「なんすか? 次は腕いっとくっすか?」


 特に脅すような響きもなく、ペコは普段通りの明るい口調で言い放つ。そちらの方が効果はあったようだが。


「ぅ、くぅ――お、俺の、親は、じょ、上級勇者官だぞ!」


 向こうも正念場だと思ったのだろう。精一杯虚勢を張って言い返してくる。


「ブブー」


 不正解だとでも言うようにペコが言う。


「ひぃ!? 嘘、嘘です! ごめんなさい! 勘弁して――があああああ!?」


 別に嘘でもないのだろうが、ペコが足を上げたので、不良少年が掌を返して媚びを売った――が、だからと言って許すつもりもなく、宣言通りペコは左腕を踏み砕いた。


「えげつねぇな」


 容赦ない暴力にライズも顔をしかめるが、そのくらいやらなければ懲りもしないのだろう。どのみち止める気もない。


 ユリアもドン引きの顔で見ているが、それこそ止める理由がない。そちらはペコの好きにやらせて言ってくる。


「でも、二人逃げちゃって……あいつの親が勇者官なのは本当だし、このままだとマズいというか……」

「言われなくてもわかってるっての。こっちだって馬鹿じゃねぇんだ。そのくらいの事はちゃんと考えてるよ」


 まぁ、考えたのはペコ達なのだが。

 答えると、入口の方からキッシュを背に乗せた猫型モモニャンが現れた。


「はーっはっはっは! えっと――」


 モモニャンの上で踏ん反り返って高笑いなどあげているが――台詞を忘れたのだろう。懐から取り出した手帳を見ながらキッシュが言い直す。


「吾輩は正義の魔物使い仮面! イジメとか正義っぽくないので相棒である正義の人食い魔物仮面と共にお仕置きに参上したのである!」

「ぐるららぁああああああ!」


 と、モモニャンもやる気満々なのか、全身にグロイ目玉や口を並べて凶暴な鳴き声を発している。その時のモモニャンは三つ首で、左右の頭は逃げ出した二人の不良少年を胸元の辺りまでばっくりと口に咥えている。咥えられた二人は口の中でくぐもった悲鳴を上げながらばたばたと暴れていた。


「ひぃぅっ――」


 腹を刺され、得体の知れない暴漢に手足を折られ、その上悪夢のようなバケモノが助けを呼びに行ったはずの友人二人を咥えてやってきたのだ。その光景にショックを受けて、老け顔の不良少年が白目を剥いて気絶する。


「寝てんじゃねぇっす」


 慈悲もなく、ペコは頭を蹴りつけて叩き起こしたが。


 そこまでするかと思わなくもないが、一人の人間を自殺するまで追い込んだと思えば、これでも優しいくらいなのだろう。


(それこそ、俺がこの小僧の親なら、お前ら殺されたって文句は言えねぇからな?)


 と、言った所で理解する頭もないだろうから言わないが。


 ペコ流に言うなら、言って分からない馬鹿は拳で分からせろといった所だろう。


 そういうわけでキッシュとモモニャンも合流する。

 モモニャンの左右の頭がぱっくりと割れて、二人の顔が露出する。


「こ、殺さないで、い、命だけは――」

「助けて! 誰か、誰かぁ!」

「えっぐ、えっぐ、ま、ママァ……」


 恐怖のどん底に落ちながら、気絶する事も許されず、不良少年達が泡を吹きながら懇願する。別に見ていて気持ちのいい光景でもないのだが、やる事はやらなければいけない。


「うるせぇ黙れ殺すぞ」


 子供相手になにやってんだと思いつつ声で凄むと、不良少年達は素直に口をつぐんだ。


「そこのガキはお前らのせいで自殺しやがった。俺らが助けに入らなきゃ、本当に死んでたわけだが、てめぇらをどうにかせにゃまた同じ事をやるだろう。一度助けちまった手前そいつは気分がよくねぇ。だからお前らを脅しに来たわけだ。この先もしもこの小僧が自殺するような事があったらだ、そこの魔物に――」


「正義の人食い魔物仮面なのである」


「――……そこの正義の人食い魔物仮面にお前らを食わす。丸呑みだから証拠も残らねぇ。誰かにチクっても食わせる。この小僧以外の誰かをイジメても食わすし、親や先生の言う事を聞かなくても食わす。学校をさぼって煙草を吸ってても食わすし、寝る前に歯を磨かなくても食わす。とにかく良い子にしてなきゃ食わす。理不尽だと思うだろ? お互い様だ。身から出た錆だと思って諦めろ」


 一方的に言われて、不良少年達は茫然としていたが。


「返事ぃ!」


 ペコが不良少年達の頬を首がもげそうな勢いで張り倒すと、三人は悲鳴のような声で返事をした。


「――とまぁ、こんな所だ」


 ユリアに向かって肩をすくめる。


「……いや、でも、これだけ大怪我させたらどのみちバレちゃうんじゃ……」


 不安そうにユリアが言うと、こちらはそのままずばりタイミングを計っていたのだろう。


「おーっほっほっほ! わたくしは通りすがりの美しき正義の聖女仮面ですわ!」


 やはり覆面を被ったラビーニャが腰を振りながらやってきた。


「あいつは腕のいい神官でね。このくらいの怪我は痕も残さず癒せる。証拠がなけりゃ、騒いだところでどうにもならんだろ」


 言ってやると、少し遅れてユリアの顔にも安堵のようなものが広がった。


「まぁ、そういうこった。お前さんにはこいつらを刺し殺す権利くらいあるだろうが、そんな事で一生を棒に振るのも馬鹿らしいからな」


 緊張の糸が切れたのか、ユリアはぼろぼろと泣き出した。


「ありがとうございます……本当に……」

「考えたのは俺じゃねぇよ。礼ならそこの正義の暴力仮面に言ってくれ」


 ペコに親指を向けて言うのだが。


「そっちの二人はお仕置きが足りてないで、とりあえず骨の何本かいっとくっす」


 ごきごきと拳を鳴らしながら、モモニャンに咥えられた二人に近づいていく。

 泣きながら許しを請う二人に慈悲もなく。

 ペコは言葉通りに手足を叩き折り、震え上がったユリアは暫く口もきけなくなった。

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