第28話
「――そういうわけで、仕事は失敗した」
日暮れ頃、黒瓜亭にて。
ボンタックを引き取りにやってきたストラッドに、ライズは事の顛末を説明していた。
結論から言えば、あれはよく出来た身代わりだった。後に残ったのは肉を溶かしたような気味の悪い粘液だけ。恐らく、人に化ける魔物だったのだろう。
それでも諦めず、散々屋敷の中を探し歩いた。ドアや家具、部屋そのものに擬態する意地の悪い魔物の相手をし、けれどもボンタックの姿は見つけられず、疲れ果てて諦めた。
テーブルではペコがムクれ、ラビーニャは苛立って爪を噛み、キッシュがしょげかえっている。ライズは泣きたい気分だった。骨折り損のくたびれ儲け。今日のモモニャンの食費を考えると頭が痛い。
そんなライズを見て、ストラッドはくっくっくと、喉の奥で笑った。
「……なに笑ってんだよ。ボンタックが捕まらなきゃ、そっちだって困るだろうが」
「俺が悪いヤクザなら、お前らをボンクラ扱いして終わりだろうと思ってな」
ニヤリとして、ストラッド。
「……何の話だ?」
「種明かしさ。仕事は大成功だ」
なんという事もないように言うと、ストラッドは皮袋をテーブルに放った。大きな袋はパンパンで、ジャリンと景気のいい音を立てる。
意味が分からず呆けていると、ラビーニャが素早く手を伸ばして袋を胸に抱える。
「なんのつもりか知りませんけど、一度貰った物は返しませんわよ」
ストラッドは鼻で笑った。
「そんな事をしたら、こっちの面子が潰れる。大成功だと言っただろ? そいつはボーナスだ。受け取ったからには、文句を言われる筋合いはなくなったな?」
ストラッドのしたり顔に、なんとなく理解する。
「……つまりだ。話は見えないが、俺達はクソッタレヤクザにいっぱい食わされたって事か」
「どういう事っすか?」
ぽかんとしてペコが聞いてくる。
「それを今から説明するんだろうよ」
クソッタレヤクザを睨む。
ストラッドは愉快そうに語りだした。身内の馬鹿話を語るような愉快さだが。
「借金取りってのは真っ赤な嘘だ。ボンタックはうちのお得意さんでな。仲良くやらせて貰ってる。奴の作る魔物は一級品だが、物を売るには工夫がいる。金持ちって奴は案外財布の紐が堅いもんだ。口で説明しただけじゃ納得しない。そういうわけで、特別席に招待して、その目で直に確認して貰う事にしてる。おかげで商品は完売、随分先まで予約が入った」
「……つまり、どういう事っすか?」
「担がれて見世物にされていたという事である! 悔しいのである!」
(……あの時キッシュが感じた視線は、客の目だったのか)
唇を噛むキッシュを他所に、そんな事を思う。
「わたくしとした事が、この金を叩き返してやりたい気分ですわ……」
余程腹に据えかねたのか、ラビーニャまでそんな事を言いだした。
気持ちはライズも同じだったが。
「……まったくだな。その金を受け取る前だったら、てめぇの顔を色男にしてたぜ」
食いしばった歯の奥から告げる。
「だから先に渡したんだ」
飄々と言って、ストラッドは背を向けた。
何歩か歩き、思い出したように振り返る。
「まぁ、そう怒るな。借金は減ったし、ボーナスも入ったろ? 今回の一件で、金持ち共にも名が知れた。みんな得して、めでたしめでたしだろうが」
「だからムカついてんだよ。良いように転がしやがって」
「当たり前だ。お前ら冒険者と違って、俺達はここで飯を食ってるんでね」
こめかみを指で叩きながら、ストラッドは出て行った。
その時になって気づく。ストラッドが中途半端に距離を取ったのは、殴りかかられないように用心しての事だったのだろう。
「……悔しいが、奴の言う通り得ではあったな」
金の入った袋に目を向ける。
こちらにも面子はある。ストラッドの前では認めなかったが、仕事自体は悪くなかった。労力を考えれば、破格の報酬だろう。
「でも、なんかムカつくのである」
「後であいつらの事務所のポストに犬の糞を入れてやりますわ」
「お、いいっすねそれ!」
「やめとけっての……」
盛り上がる三人に向けて呟く。
後日、本当にやったらしく、ストラッドが怒鳴り込んできた。
勿論ライズは知らないふりをしたが。
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