第27話
「おい――」
「追い詰めたのである! ボンタック! 大人しくお縄に付くのである!」
キッシュに言われて、言いかけた言葉を飲み込んだ。
たどり着いたのは、舞踏会でも開けそうな大広間だった。見た所、出入口は一つだけ。袋のネズミである。
「ぐぬぬぬ……なんじゃお前らは! ワシの研究を盗みに来た泥棒かなにかか!?」
派手なローブをはためかせてボンタック。
対抗するように、キッシュも大仰な身振りで叫んだ。
「人聞きが悪いのである! 吾輩達はお前がお金を借りたヤクザに頼まれて取り立てに来た借金取りなのである!」
ライズは肩をすくめ。
「まぁ、大差はないがな。あんたを依頼人の所に連れてくのが仕事だ。年寄りに手荒な真似はしたくない。大人しく捕まってくれ」
「借金取り! はっ! 奴らめ、ワシの魔物に恐れをなして冒険者を雇いおったか!」
吐き捨てるように言うと、ボンタックは懐に手を突っ込んだ。
「おい! 妙な真似するんじゃ――」
ライズの言葉を無視して、ボンタックが黒い水晶玉のような物を床に叩きつける。黒い球体は粉々に砕け、破片は氷のように溶けて、黒い水溜まりを作った。真ん中には、目玉程の大きさの赤い宝石が浮かんでいる。
「用心しとけよ。多分ろくでもない事になるぞ」
立ち込める濃密な魔力を感じてライズが呟く。
黒い水溜まりが泡立ちながら石造りの床に染み込んでいく。いや、溶けているのか? 水溜まりの広がった場所がみるみる低くなり、穴に変わる。
と、突然穴の中から石で出来た巨大な蛇の頭が飛び出した。
「ひぇえええ!?」
「召喚術!? いや、ゴーレムか!?」
「かっかっか! 携帯型万能ゴーレム生成器十六号改、タイプスネーク! ゴーレム化の技術を応用した特殊な溶媒により、触れた物を材料に即席のゴーレムを生み出す優れ物じゃわい!」
巨大な石造りの蛇が床を擦りながら穴から這い出す。頭だけでもライズの背と並ぶほど大きい。これ程のゴーレムを即席で生み出す魔術具を作るとは、ボンタックは想像以上に出来る研究者らしい。
「どうじゃ! 恐ろしくて声も出んか! 冒険者風情が、尻尾を巻いて逃げ帰るなら見逃してやらん事も――」
「魔弾よ!」
思いきり魔力を込め、石蛇の頭を狙って魔弾を撃ち込む。蛇は巨体に見合わぬ素早さでとぐろを巻き、胴体で受けた。直径の三割程が吹き飛ぶが、さして効いた様子はない。
「ガキの使いじゃねぇんだ。その程度の魔物にビビって諦めるわけねぇだろうが」
今日はかなりモモニャンを働かせた。手ぶらで帰ったら大赤字である。
「……かっこいいのである」
羨望の眼差しで言うと、キッシュはバッ! っとローブをはためかせ、石蛇を指さした。
「そういう事なのである! 尻尾を巻くのは蛇であるお主の方なのである!」
言い終わると、キッシュは感想を求めるようにこちらの顔色を伺ってきた。
「いや、そんなにかっこよくはなかったが」
正直に答える。
「むぅ、咄嗟には出てこないのである。やはりライズは日頃からかっこいい台詞がすぐ出てくるように練習しているのであるか?」
「なわけねぇだろ。慣れだよ、慣れ」
「吾輩も早く慣れたいのである!」
「わしを無視するでない!」
「どわぁ!?」
石蛇の突進を避ける。まともに轢かれたら一発でミンチだろう。
「それでライズ! あのバケモノはどうやって倒すのであるか!」
走って逃げるライズに並走し、モモニャンの背中からキッシュが聞いた。
「さぁな! 今考えてる所だ!」
「なんの考えもなしにあんな大口を叩いたのであるか!?」
二人の間を裂くように石蛇が通り抜ける。
「ちぃ! 二手に分かれるぞ! 俺が蛇を足止めする! その隙にキッシュはボンタックを押さえろ! そうすりゃこっちの勝ちだ!」
本当は逆がいいのだが、あんなバケモノの相手をモモニャンにやらせたら、百人前でも足りなそうだ。
「わ、吾輩がであるか!?」
「蛇の相手よりは楽だろ! 大丈夫だ! お前とモモニャンなら出来る!」
「わ、分かったのである……頑張ってみるのである!」
「頼むぞモモニャン!」
「てぃりりり!」
顔のない猫が喉を鳴らして駆けだした。
「丸聞こえじゃ! やらせるわけなかろうが! カモンスネーク! わしを守るのじゃ!」
「そっちも丸聞こえなんだよ! ――壁よ!」
跪いて床に両手を着き、魔力を流して蛇とボンタックの間に石壁を作る。距離がある上に得意な術とは言えないが、魔力量で強引にカバーする。
視界の端でボンタックがほくそ笑んだ。
「――くそ!」
(やられた! 向こうも同じ手を使いやがった!)
内心で叫ぶ。
蛇の頭がこちらを向き、一直線に向かってくる。
「ライズ!?」
キッシュの悲鳴が響く。
慌てて立ち上がるが、間に合いそうもない。
悪あがきで防御姿勢を取るが、無駄だろう。
蛇の頭が目の前に迫り、ばっくりと大口を開ける。
直後、ライズはすさまじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「うひひひひ、間一髪っすね!」
倒れたライズの腹の上に座る形で、じゃじゃ馬娘が悪戯っぽく笑いかける。
衝撃は石蛇ではなく、ペコの体当たりによるものだった。
「……サンキュー。助かった」
素直に告げる。安堵と共に、感慨にも似た思いが込み上げる。
「その百万倍助けて貰ってるっす」
無邪気に言うと、ペコは腹から降りてライズに手を貸した。
その手を取って立ち上がる。
「動く鎧はどうした」
「硬すぎで歯が立たないんで、適当に相手して逃げて来たっす」
「上出来だ」
勝てない相手なら逃げる事を考えろ。これもライズの教えた事だ。
「向こうもかたがついたようですわね」
ペコと一緒に来たのだろう、遠くに視線を向けながら、入口の近くに立ってラビーニャが言った。
そちらでは、キッシュを乗せたモモニャンがボンタックを踏みつけている。
「見たであるかライズ! 吾輩、やったのである!」
嬉しそうにキッシュが手を振ってくる。
ライズはよくやったと褒めるつもりで笑いかけた。
「かっかっか! ストラッドが用意しただけあって、なかなか腕の立つ冒険者じゃわい。まぁ、そうでなければ意味はないがのう」
モモニャンに踏まれながら、愉快そうにボンタックが高笑いをあげる。
あまりにも余裕な態度に、ライズは違和感を覚えた。
「口の減らないジジイですわね。自分の置かれている状況が理解出来てないのかしら」
「なんでもいいっす。とっとと縛って連れてくっすよ」
「残念じゃが、そいつは無理じゃよ――」
「――っ!?」
四人で絶句する。
モモニャンの脚の下で、ボンタックの身体がぐしゃりと潰れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。