第23話

「くっそでけぇ屋敷ですわね」

「マジパネェっす!」

「吾輩もこんなお屋敷に住んでみたいのである……」


 見上げるような格子門の前。

 金持ちの屋敷が並ぶ閑静な住宅街に、かしまし娘の下品な声が響き渡る。


「静かにしろ! 恥ずかしいだろ!」


 声を潜めてライズは叫んだ。


 高級住宅街だけあって、貧乏冒険者のライズ達は完全に浮いていた。人通りは少ないが、勝ち組オーラを纏った通行人の奇異の目は、それなりの破壊力がある。周囲のお屋敷では、暇を持て余した使用人が何事かと窓から覗いていた。


「はっ、金持ちなんてろくに働きもせず、親の遺産や労働者から搾取したお金で遊び惚けているクズばかりですわ。額に汗を流し、命がけで日々の糧を得るわたくし達冒険者が恥じる事など何一つありませんわ」


 無駄に大きい胸を張り、誇るように後ろ髪をかき上げる。これでギャンブル狂いでなかったなら、多少は説得力も出ただろうが。


「そーっす! 見世物じゃねーっすよ! ほら、キッシュも一緒に窓に向かって中指立てるっす!」

「こ、こうであるか?」

「やめろっての! 勇者官呼ばれるだろ!?」


 慌てて止めに入る。勇者官とは治安維持を担う役人である。相手は高額納税者だ。市民権の観点から見ても、根無し草の冒険者に勝ち目などない。下手をすれば有無を言わさず檻の中である。


 結局ライズはストラッドの仕事を受ける事にした。手元には残らないが、ヤクザの持ってくる仕事だけあって、報酬自体は悪くない。というか、良すぎるくらいだ。はっきり言えば金に目が眩んだ。ラビーニャには散々嫌味を言われたが、これも借金を減らす為である。


「馬鹿やってないで仕事だ仕事。この屋敷の主を捕まえてストラッドに引き渡す。名前はボンタック。年寄りの魔術学者で、庭や屋敷を自分で作った人造の魔物に守らせれてるって話だ」


 ストラッドの話をちゃんと聞いていたのか怪しいので、おさらいのつもりで説明する。ボンタックはその筋ではそこそこ名の知れた学者で、人の手による魔物の創造と改造を専門に研究している。


「人の手で魔物を生み出すなんて、神に対する冒涜ですわ」


 不快そうにラビーニャが眉をひそめる。真っ当な神を祀る神殿では、魔物や魔王は邪神がこの世界を破壊する為に生み出していると教えている。つまり、神の敵というわけだ。怒るのも無理はない。


「そうは言ってもな、俺達だって人の手で作った魔物の恩恵を受けてるぜ」

「そうなんすか?」


 好奇心旺盛なペコが食いつく。


「下水掃除を憶えてるか? あそこに湧いてるスライムはボンタックが作った改造種だ。凶暴性を抑えて、汚水を浄化したり、周囲の魔力を取り込んで魔晶石に変える性質を持ってる。そうやって下水道内の魔力濃度が濃くなり過ぎないように調整してるわけだ」

「へ~。すごいっすね!」

「吾輩、全然知らなかったのだ! ライズは物知りであるな!」


 チビ達がきゃっきゃとはしゃぐ。雪月花を組んだばかりの頃は、四人でよく下水掃除をした。シフリルは勉強家で、その延長で色々と雑学を聞かされたものである。今の話もその受け売りだ。


「ふん、そんな事を知っていても、なんの役にも立ちませんわ」


 ラビーニャが鼻を鳴らす。ボンタックが云々以前に、ヤクザの仕事を受けた事を根に持っているらしい。


「拗ねんなよ。そんぐらいすごい魔術学者だって事だ。俺達の前に取り立てに来たヤクザ共は番犬にやられて玄関にもたどり着けなかったって話だしな。たかが借金の取り立てだと甘く見ない方がいい」

「でも、そんなすごい学者さんなのにどうしてヤクザなんかに借金しちゃったんすかね?」

「この手の研究はとにかく金がかかるんだよ。買い手が見つかれば儲けもデカいが、そうでなきゃ――」


 と、ライズは首を斬る仕草をする。


「ストラッドの話じゃ、あっちこっちに借金を作って返せなくなり、この屋敷に立てこもってるそうだ」

「なんだか可哀想であるな」

「借金なんて自業自得ですわ。情けをかける必要などこれっぽっちもありませんわ」

「う、ぁ、うむ?」


 自分の事を棚に上げまくった発言に、キッシュが困惑して首を傾げる。


「気にすんな。この女の自己中は筋金入りだ」

「むぅ。世の中にはいろんな考えの人がいるのであるな」


 微笑ましい納得の仕方である。


「そういうこった。そんじゃ、無駄話はこの辺にして仕事すんぞ」


 入口は高い格子の門で閉ざされている。

 ライズは用意しておいたロープをペコに渡すと、その場に屈んだ。


「俺達の中じゃペコが一番身軽だ。いちにのさんで持ち上げてやっから、上手く飛び越えて向こうからロープを渡してくれ」

「いいっすけど、自分さっき犬のウンコ踏んじゃったっすよ?」

「だぁ!? ばっちぃ!?」


 そんな事を言いながら、ペコは平然とライズが組んだ両手の上に足を置こうとするので、慌てて指を解いて避ける。


「ちょ! 急に避けたら危ないじゃないっすか!」

「うるせぇ! ウンコ踏んだ靴なんか触れるか!」

「たかがウンコですわ。洗えばすむ話でしょう」

「そう思うならお前がやれよ!」

「嫌ですわばっちぃ! 踏み台が必要なら、モモニャンに変身させたらいいでしょう!」

「断るのである! 大事なモモニャンをウンコのついた足で踏んで欲しくないのである!」

「ウンコウンコ言わないで欲しいっす! 自分も一応女の子なんすよ!」


 図らずも、雪月花の時と同じく女三人のパーティーになってしまった。そうなるとこの通り、些細な事でも騒がしい。泥沼の予感に、ライズはさっさと見切りをつけた。


「あぁもういい! 魔術で軽くしてぶん投げるから、上手く着地しろ」


 いいながら、ペコの腰を掴む。


「ぁん、そんな所触ったら――」

「飛べ」


 無視して重力中和をかけると、たかいたかいの要領で思いきり持ち上げる。


「――恥ずかしぃいいいああああああぁぁぁぁぁ!?」

「ぁっ」


 力加減を間違えて、ペコが凄まじい勢いで飛んでいった。


「いくらペコが鬱陶しいからって、そこまでするのはどうかと思いますわ」

「あいつが馬鹿な事言うから加減を間違えたんだよ! くそ、このままじゃ地面に叩きつけられるぞ!?」

「頭から落ちなければ死にはしないでしょう。生きているなら、癒しの奇跡で治せますわ」


 欠片も心配せずにラビーニャが言う。


「お前も大概酷いからな!? てか、頭から落ちて来るぞ!?」

「おかしいですわね。ペコはお馬鹿さんだから頭は軽いはずなのですけど」

「言ってる場合かよ! もう一度重力中和をかけるか? いや、あの速度で落ちて来られたら流石に――どうする、どうする!?」


 そうこうしている間にも、ペコはどんどん地面に近づいている。


「ふっふっふ、こんな時こそモモニャンの出番なのである! おいでモモニャン! ペコを助けるのである!」

「てぃりりりり!」


 キッシュの影から黒い水溜まりのようなモモニャンが滲みだし、格子の隙間を抜けて向こう側に入り込む。キッシュは頭上のペコとモモニャンを見比べ。


「もう少し右、ちょっとだけ前に――うむ、その辺であるな。モモニャン、クッションになるのである!」


 猫耳のついたローブをはためかせて指示を出す。


「てぃりりり!」


 鈴のような鳴き声でモモニャンが答え、沸騰するように泡立つと、あっと言う間に巨大な饅頭のような形に変わる。


「―――ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!?」


 ぼふん! ペコはモモニャンのど真ん中に落下し、弾みで跳ねて向こう側の柵に叩きつけられた。


「……あー、大丈夫か?」

「あ、あひ、あひ……ち、ちびったっす……」

「えんがちょですわ」


 青い顔で震えるペコに、ラビーニャが人差し指と中指を交差させた。

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