四章

第17話

「魔弾の雨よ!」


 両手を突きだし、練り上げた魔力を無数の魔弾に変えて飛ばす。拳大の散弾がゴブリンの群れを蹴散らすが、とにかく数が多い。柱の陰や通路の奥から際限なく湧きだして、仲間の死体を踏み越えて突っ込んでくる。


 いつかの昔、どれかの魔王に滅ぼされたという、名も知れぬ地下遺跡の中である。ゴブリンが住み着き、近くの農村に被害が出たという事で討伐依頼が出ていた。


「ラビーニャ!? まだか!」


 後方では、例によって一人で突っ込み、ゴブリンにタコ殴りにされたペコをラビーニャが癒している。


「もう終わりますわ! 守護と怪力の奇跡もかけて――さぁ! お行きなさい!」

「うぉおおおおおお! 漲って来たっす!」


 神の奇跡で完全復活し、身体能力を強化されたペコが雄たけびを上げならゴブリンの群れへと突っ込んでいく。


「馬鹿野郎! だから一人で突っ込むなって言ってるだろ!」

「うはははは! 奇跡すげー! さっきはよくもやってくれたっすね!」


 聞く耳がないのも例によってだ。戦闘の高揚でハイになったペコは、刃こぼれだらけの小剣を振り回し、土色の醜い小鬼の頭を叩き割り、胸を刺し、首を刎ねた。その程度には、剣に魔力を纏わせる練気術も使えるようになってはいる――ゴブリンはさして硬い魔物でもないが。


 ゴブリンは、魔力を帯びた大地から生まれる魔物で、分類としては土の下級精霊にあたる。基本的にはずんぐりとした小型の人型で、低級の魔物にしては珍しく一端に知能がある。武器や道具を扱い、ちょっとした悪知恵を働かせる。単体としての戦闘力は大バッタと大差ないが、積極的に行動し、周囲の生き物を食らって魔力を得て、分裂によりネズミの如く増えまくる。そして、近場の餌を食いつくすと、人里を襲うようになる――余談ではあるが、ゴブリンが人里の近くに湧きやすいのは、ゴブリンが大地に染み込んだ人の悪意が魔物化したものだという説もある。人型で知能を宿すのがその証拠だというが、定かではない。


 そういうわけなので、この手の依頼は大抵、大量のゴブリンを相手にする事になる。そして、単体では大した事のない魔物だが、数が増えると格段に厄介な相手でもある。現に今、ライズ達は苦戦していた。それはまぁ、言う事を聞かないじゃじゃ馬娘のせいでもあるのだが。


「しかたねぇ。ラビーニャ! 前に出てペコを援護するぞ!」

「嫌ですわ。あんな所に飛び込んだら、わたくしの美貌に傷がついてしまいますもの」

「言ってる場合か!? 大体、誰のせいでこんな目にあってると――」

「うぎゃあああああああ!?」


 振り向くと、ペコが悲鳴を上げながらこちらにカッ飛んでくる。

 神殿風の広間である。先ほどまでペコが戦っていた場所には、高い天井に頭が触れそうな程巨大なゴブリンが、折れた柱を鈍器のように振りかぶった体勢で立っていた。あれに殴り飛ばされたという事らしいが――


「――くそったれ! ウォーゴブリンまでいんのかよ!」


 やけっぱちで叫ぶ。

 ゴブリンは基本的には小さな魔物だが、群れの規模が大きくなると、共食いによって魔力を集め、強大な個体を作り出す。精霊術を使うゴブリンシャーマンや、目の前のウォーゴブリンなどがそれである。肉弾戦に特化し、巨体は頑丈で力も強い。多少の傷は下位のゴブリンを捕食して再生する、厄介な魔物である。


 ぐしゃりと顔面から落下したペコに呼び掛ける。


「ペコ! 生きてるか!」

「余裕っす!」


 がばりと起き上がり、余裕の笑みで親指を立てるが、頭からは盛大に流血し、顔面を赤く染めていた。


「全然余裕じゃねぇだろうが!? だから一人で突っ込むなっていつもいつもいつもいつも言いまくってんだろ! いい加減学べ! この戦闘狂が!」

「本当、癒しても癒してもきりがありませんわ」


 うんざりと肩をすくめつつ、当然のようにラビーニャが癒しの奇跡を行う。毎度の事なので慣れたものだ。


「ほぇ~……ぽかぽかして気持ち良いっす~」


 温泉にでも入っているような顔である。


「癖になってんじゃねぇよ!」

「それよりライズ、ゴブリンが来てますわよ」


 言われるまでもなく分かってはいたが。少し目を離した隙に、大量のゴブリンが粗末な棍棒を手に雪崩れ込んでいた。魔物は魔力を求める。力ある冒険者は、奴らにとっては極上の餌でもあった。


「魔弾の――あぁもうめんどくせぇ! みんなまとめて吹き飛びやがれ!」


 苛立ちと共に魔力を練り上げる。ペコが下がったので加減の必要もない。先ほど以上に大量の魔弾が飛び出し、迫りくるゴブリンを一掃する。


「はー、はー、はー……流石に、きちぃ……」


 眩暈がして片膝を着く。強力な術を立て続けに放ったせいで魔力欠乏になりかけている。だというのに、本命のウォーゴブリンは柱を盾にしてほとんど無傷である。


「あー! ズルいっすよ! ライズさんばっかり!」

「うるせぇ! そんなに戦いたきゃ、あのデカブツ一人で倒してこい!」

「いいんすか!」

「いいわけあるか!?」


 皮肉も通じず頭を抱える。

 そうこうしている内に、ラビーニャが癒し終えた。


「終わりましたわ。魔力の使い過ぎは美容に悪いので、今日はこれ以上使いたくないのですけど」

「へーきっす! 今度は上手くやるっすよ!」

「おまえいつもそう言ってぶっ飛ばされてるだろうが!?」

「仕方ないっすよ。このパーティー、前衛は自分一人しかいないんすから」

「お前が一人で突っ込むから援護が間に合わないんだよ!?」


 元から攻めっ気の強いペコだったが、ラビーニャが仲間に加わってから、輪をかけて酷くなっていた。一人で突っ込みボコボコにされ、ラビーニャの癒しを独り占めしている。マゾなんじゃないかと疑う程だ。


「デカブツが来てますわよ」


 答えたわけではないだろうが、ウォーゴブリンが雄たけびをあげながら駆けて来る。凄まじい声量に、思わず耳を塞いだ。あんなバケモノ、蹴られただけでひとたまりもない。


「さっきはよくもぶっ飛ばしてくれたっすね!」


 言ってるそばからペコが突っ込んだ。


「おいペコ! だぁぁ……」


 止めようとして立ち上がり、立ち眩みに力が抜ける。眩暈がするのは魔力欠乏のせいだけではないのだろう――が、そちらも無視は出来ない。


 ポケットに手を入れ、虎の子の高価な魔力補給用のエーテル薬を一気に飲み干す。千年物のカビた古書を煮詰めたような味に顔をしかめた。


 痛い出費だが、背に腹は――


「うぎゃあああああああああ!?」


 性懲りもなくぶっとばされ、ペコが足元に転がった。


「えへへへ、やられちゃったっす……」


 血まみれになりながら、なにが楽しいのか、満足そうな笑みを浮かべてペコが言う。


「今日の奇跡はおしまいですわよ」


 ラビーニャが平然と言い放ち、泣きたくなってライズは顔を覆った。


「もうやだ、こんなパーティー……」

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