第18話
「あんなに頑張ったのにたったこれだけっすか?」
黒瓜亭に戻った後。
報酬の取り分を受け取ってペコが言った。
「まさかとは思いますけど、一人だけ多く取ってるんじゃないでしょうね」
ラビーニャが睨んでくる。報酬の分配はリーダーであるライズの役目だった。
「てめぇの借金返してるから少ねぇんだよ!?」
頭にきて叫ぶ。ラビーニャを仲間にしてから一ヵ月。ライズは多額の借金の返済に追われていた。
(ちくしょう! あの時見捨ててればこんな目には!)
と、百万回は思うのだが、後の祭りである。どのみち、相手はヤクザである。パーティーを組んでいると知られた以上、あれこれと理由をこじつけて、ライズ達からも取り立てようとするだろう。追い出した所で無駄だろうし、理由は全く違うが、追い出された経験のあるライズである。あの時は、ラビーニャを追い出す事に抵抗があった。それは今も同じだが――
(――あんまりにもあんまりなら、俺だって鬼になるからな……)
と、誰に対してか分からない脅し文句を浮かべる。
そんな思いが伝わったのか知らないが――心持ち、ほんの僅かにバツの悪そうな雰囲気があるようなないようなそんな感じで。
「……こほん。これは先ほどの遺跡で拾ったエッチな形の石ころなのですけど――」
「いらんわ!?」
差し出された男根チックな石ころを叩き落とす。
「勿体ないっす!」
超反応でペコが飛び付いた。
「ちょっとペコ! それはライズにあげたのですわ! ライズがいらないのなら、わたくしに返しなさい!」
「ライズさんが受け取った後に捨てたんすから、拾った自分の物っす!」
「……そんなもん取り合うなよ……」
本当にうちの女共の頭の中はどうなってんだ? と、怒りを通り越して、情けなさが込み上げた。
「知らないっすかライズさん? 近くの公園に毎日鳩の前で餌を見せびらかしては自分で食ってる爺さんがいるんすけど、エッチな形の石を持っていくとそこそこの値段で買い取ってくれるんすよ?」
「情報量が多すぎてついてけねぇよ!」
最近妙に足元を気にしていると思っていたが、そういう理由があったらしい。知りたくもなかったが。
「ライズがお小遣いをくれないから、自分でギャンブル代を稼ごうと頑張っているのですわ」
と、ラビーニャは、それがまるでライズの落ち度であるかのように言ってくる。
「……ギャンブル代って、あんだけ借金作ってまだ足りねぇのかよ……」
げっそりと呻く。それこそ、ラビーニャの借金は一生分のギャンブル代と言ってもいいような額だった。
大蜂退治の報酬は全て持っていかれ、それでも全く足りず、ストラッドとかいうヤクザが散々脅してきた。ラビーニャは無い物はないと開き直って涼しい顔である。痺れを切らしたストラッドが娼館に売り飛ばすと言い出し、そんな事をすれば仲間が黙ってないと盾にされた。止せばいいのにペコもヤクザに食って掛かり、売り言葉に買い言葉で気がつけばライズもラビーニャを庇っていた。娼館に売り飛ばすよりも自分達と仕事をさせた方が余程稼げるぞとその日は帰って貰った。
とは言え、額が額である。並の仕事では利子を返すだけで精一杯だ。それではいつまで経っても借金が減らないので、無理をして身に余る仕事を受けている。おかげでライズはボロボロである。これで報酬も持っていかれるのだからたまらない。戦闘狂の本性を表したペコは毎日馬鹿みたいなバケモノと戦えて満足そうではあったが。
「ライズ。借金を返す事も大事ですが、そればかりに気を取られて日々の生きる喜びを忘れてはいけませんわ」
「どの口が言ってんだよ!?」
「この口ですけど」
と、悪びれもせず形の良い唇を指さす。
「この、アマ……」
握りしめた拳を必死に抑える。抑える事に意味があるのだろうかという葛藤はあったが。
「わたくしだって馬鹿ではありませんわ。博打好きのせいで借金がかさんでしまった事は重々理解しています」
「……で?」
「ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す。これだけ負けたのですから、そろそろとんでもないツキがやってくるに決まってますわ!」
「典型的なダメギャンブラーの発想だからなそれ!」
「今度こそ勝てる気がするのよ! これはきっと女神ダイアースの啓示に違いないわ! だからちょっとだけ軍資金を――」
「そう言って昨日も負けて来ただろうが!」
一昨日も、一昨昨日も、そのまた前も。
(……で、それが分かってて毎回小遣いをやってる俺は底なしのアホってわけか?)
自分の甘さにも原因があると自覚して、陰鬱になる。ラビーニャは狡賢い。小遣いをせびる為なら、平気で嘘をつく。反省した振りをして、嘘泣きをし、怒ったように見せ、ペコまで巻き込んで味方につける。ウォーゴブリンが可愛く見える程の悪女っぷりである。
「……なんだよ」
そんな事を思っていると、薄笑いでラビーニャがこちらを見ていた。
「どうせ最後にはお金を出す事になるとようやく理解したようなので」
「やかましいわ!」
捕まえて頭でも捩じってやろうかと手を伸ばすが、気勢を読む事にかけては詐欺師並みの女である。後ろに下がって避けられた。
舌打ちを一つ。
「でもライズさん、このまま無理な仕事を続けてたら、借金を返す前にライズさんが倒れちゃうっすよ」
安い定食をつつきながら、心配そうにペコが言ってくる。
「お前が毎度のように無茶しなきゃもうちょっと楽出来るんだけどな」
そちらはそちらで、じっとりと睨んで釘を刺した。
「だって、毎日すっごい魔物と戦えて楽しいんすもん。なんか、勇者してるって感じで!」
そしてまぁ、こちらもこちらで悪びれない。この通りの勇者馬鹿なので、ラビーニャの借金についてはさして気にしていないらしい。
「おまえなぁ……馬鹿言ってると、それこそお前の方が先に死んじまうぞ」
ただでさえペコは実力に見合わない強敵と戦っているのだ。正直な話、毎日冷や冷やしている。
「平気っすよ。危なくなったらライズさんが助けてくれるし、ラビーニャも自分が無茶しすぎないよう見張ってるんで」
「……それはそうだが」
苦々しく認める。戦闘の際、ラビーニャが歯止めになっているのも事実だった。ペコが無茶をすれば、ライズもついつい熱くなってしまう。ラビーニャは癒しの奇跡を出し渋る事でペコを牽制し、ライズの指示に反対する事で要の魔術戦士が前に出すぎないよう立ち位置をコントロールしていた。後衛の支援役として、冷静に戦況を見ている訳である。多額の借金を背負っているのだから、そのくらい働いて貰わないと割に合わないが。
「それに、ライズさんも言ってたじゃないっすか。手っ取り早く強くなるには、強敵と戦って負けるのが一番だって。迷惑かけてるっすけど、その分強くもなってるっすよ、多分!」
こちらに向けてグッと拳を握って見せる。別に頼もしくは映らなかったが。とはいえそれも、苦々しく認めざるを得ない事実ではあった。
格上相手と戦って、確かにペコは目覚ましく成長している。主に避け方や防ぎ方、そしてどうにもならない攻撃の食らい方に関してだが。練気術も上達して、練り上げた魔力を集中させて盾のように使ったり、爆発的に放出してダメージを相殺している。だからこそ、ウォーゴブリンに石柱で殴り飛ばされても、頭から血が出た程度で済んでいる。
そして、そんな風に成長し、ぎりぎりなんとかついて来れてしまっているから、ライズも危険な仕事を受け続けるという選択を選ぶことが出来たのだった。
「とにかく、自分は大丈夫っす。ピッチピチの十六歳っすから。それより心配なのはライズさんすよ! 男の人は鏡なんかみないっすよね。酷い顔してるっすよ」
言われて、顔に触れてみる。それで顔色が分かるわけでもないが――自覚はある。ペコもペコなりに頑張ってくれてはいるが、戦力としては正直心もとない。ラビーニャは基本的には支援役で、魔物の相手はほとんどライズ一人で行っている。連日限界まで魔力を振り絞り、疲労が抜けない。これで顔色が良かったらお笑い種だ。
心配の色を強めるペコに付け加えるようにしてラビーニャも口を開く。
「ライズはこのパーティーの要ですわ。ペコじゃ壁にもなりませんし、あなたがやられたらそのまま崩されて全滅ですわ。それじゃあ元も子もないでしょう? 焦らなくても、ヤクザだってわたくし達がいい金づるである事は分かってますわ。多少支払いが滞った所で、大勢で押し掛けて脅されるだけですわ」
なんてことないように言ってくる。
「それが嫌なんだが……確かに、ラビーニャの言う通りではあるか」
ペコを危険な仕事に連れまわしている後ろめたさで無茶をしている自覚はあった。借金地獄も、ラビーニャを切れなかった自分の甘さのせいだろう。そんな思いが、借金の返済を焦らせていたのかもしれない。
(……この辺で少し休んだ方がいいかもな)
それこそ、自分が倒れてしまっては元も子もない。
そんな風に思っていると。
「ですから、ライズは一休みして、代わりにわたくしがギャンブルで――」
「却下だ!」
どうやら、それが言いたかっただけらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。