第15話

「くっそでけぇハチの巣ですわね」

「すねぇ~」


 ぎょっとしてそちらを見るが、ラビーニャは自分のせいだと思った様子もなく、つまらない物でも見るように見上げている。仲良く並んだペコも違和感は憶えなかったらしい。


(……いや、別にいいんだがな)


 なんだかなぁとは思いつつも。


 ともあれそこは林だった。ライバーホルンから数時間の、どうという事もない農村の裏手に広がる林である。


 ラビーニャが仲間になった後、とりあえず腕試しという事で仕事を受けた。ペコの希望通り、下水掃除以外の仕事である。


 村の近くの林に魔物化した大蜂の巣が出来たとかで、駆除と巣の破壊が依頼の内容である。


 落ち葉の絨毯が柔らかく足元を覆う、やはりどうという事もない林。それなりに人の手が入っており、散歩気分で歩けない事もない。ハチの巣も、時折村に被害が出るというだけあって、わりかし近場にあった。


(まぁ、くそでけぇハチの巣ではあるな)


 ラビーニャの言葉を面白がるように反芻する。


 太く高い木の中ほどに、幹を貫通するようにして出来ている。大きさはちょっとした小屋程もあり、壮観と言えは壮観だった。形は丸く、鱗めいた縞模様が走っている。あちこちに出入り用の穴が開いている事を除けば、壺のように見えなくもない。穴の大きさは片手を腰に当てて出来る輪程もあり、つまりはその程度には巨大化した蜂の住む巣であるらしかった。


 まぁ、大バッタと大差ない程度の大きさだろう。空を飛び、毒針を持ち、強靭な顎を備えて――こちらが一番重要だが――くそでけぇ巣いっぱいに群れている、ただそれだけの魔物である。まぁ、下水掃除に比べると格段に危険な仕事ではあるが、やりよう次第という所でもあった。


「もう一度確認するが、癒しと解毒の奇跡は使えるんだよな」


 念を押したのは、はっきり言えば疑わしいからだ。どちらも神官の代名詞のような術だが、それほど簡単な奇跡でもない。使えると胸を張れる程の効力となれば猶更で、弱小パーティーに入りたがる自称聖女様なる変人が身に付けているというのは、どうも信じられない。


「同じ事を二度聞くのは馬鹿のする事ですわ」


 賢しい女である。ライズの疑念を肌で感じたのか、こちらを見ずに言ってくる。


「まぁ、あなたが馬鹿でないという理由もありませんけれど」


 と、皮肉なども添えつつ。

 苛立ちはあるが、侮った自分が悪いとも言える。

 そこは我慢し、別の事を尋ねた。


「……他にはなにが出来る」

「浄化、障壁、祝福に加護、一流の神官に出来るような事は一通り」


 と、誇るでもなく言ってくる。そんな事は当たり前というすまし顔は、それはそれで得意気にも映ったが。

 それが本当であれば大したものだ。そして、恐らく嘘はないのだろう――自慢するからには。

 流石に感心し、ライズはピューと口笛を鳴らした。


「そいつはすげぇな」

「聖女の嗜みですわ」


 素っ気なく、だが、満更でもない笑みを浮かべて。

 隣のペコがこちらとラビーニャの顔色を見比べて、むぅ、っと悔しがる。


「でもでも! このパーティーでは自分の方が先輩っすからね!」


 立ち位置に危機を感じたという事らしいが。


「ならわたくしは人生の先輩ですわ」


 平然と言い返されていた。


「うぐぐぐぐ……ライズさん!」


 言いつけるようにこちらを見るペコに、ライズは肩をすくめた。


「癖毛の強さならお前の勝ちだ」


 適当に言っただけなのだが。


「ふふ~ん、そういう事っす!」


 満足げに胸を張る。


「それでいいならいいですけど」


 どうでもよさそうにラビーニャが手を振る。ライズも同じ事を思ってしまった。

 ともあれだ。


「錬金術士の店でこの手の魔物に効く殺虫剤を買ってある。俺の魔術で一つを除いて巣穴に蓋をしたら、殺虫剤の瓶をぶち込んで完全に蓋をする。それでほとんど死ぬだろ」


 鞄から取り出した毒々しい色の液体の入った小瓶を振りながら、段取りを説明する。

 二人は不満そうに眉をひそめたが。


「なんかズルくないっすか」

「勇者っぽくありませんわね」

「うるせぇ。遊びで冒険者やってるんじゃねぇんだよ。大体、あんだけデカいハチの巣だ。下手に手を出したら大群が出て来てこっちがやられるぞ」


「そうっすけど、それじゃ自分の出番がないっすよ」

「わたくしの腕試しにもなりませんわ」


 二人してぶー垂れる。


「心配しなくても、それだけで片付いたら苦労はねぇよ。途中で何匹か出てくるだろうから、ペコはそいつらの相手をしてくれ。ラビーニャはペコの支援、出来そうなら一緒に戦ってくれ。ヤバいと思ったらすぐ逃げろよ。俺の事は気にしなくていいぞ」


 大蜂退治は雪月花にいた頃に何度かやった事がある。最初は何も考えずに巣を攻撃してひどい目にあった。三人を庇ってあちこち刺されて死にかけた所を、間一髪クレッセンが奇跡に目覚めて命を拾った。空を飛び、数は多く、強靭な顎と毒針を持つ厄介な魔物だが、巣を作ってくれるので、ちゃんと準備をしていればどうにかなる相手ではある。


「うっす!」

「未来の勇者様のお手並み拝見といった所ですわね」

「……そう言われるとやりづらいんだが」


 ぼやきつつ、仕事を始める。遠巻きに巣の周りを歩きながら、巣穴の数と位置を確認する。それが終わると、魔力を練り上げながら二週目に入った。


「粘弾よ」


 右手を掲げて魔力の玉を放つ。粘性を与えられた魔力はべちゃりと巣の穴を塞いだ。長くは持たないが、十分かニ十分程度は疑似的な物質として振る舞う。


「なんか地味っすね」

「全然勇者っぽくありませんわね」

「うるせぇっての!」


 二人のヤジに言い返す。


「それよりほら! 大蜂が出てきたぞ!」


 三つ目の穴を塞いだ所で大蜂が這い出してきた。


 大きさは大バッタと同程度だが、尻がでかいので大きく見える。縞模様の尻にいかにも獰猛そうな顔立ちをした顎のデカい蜂である。


 ペースを上げて他の穴も塞ぐが、それでも十匹以上出てきた。二十はいないと思うが、それに近い。ぶぶぶぶぶと、耳の奥が痒くなるような低い羽音を唸らせてこちらに飛んでくる。


 ライズは冷静に翅に粘弾をぶつけて無力化した。飛び回る虫は厄介だが、翅さえ封じてしまえば芋虫と変わらない。


「おらおらおら! こっちっすよ!」


 叫びならが、ペコが剣の腹で盾を叩く。声には魔力が乗っていた。魔力は意志によって操られ、それ故に意志を運ぶ。敵対的な意志を乗せたペコの魔力は大蜂の防衛本能を刺激した。


 初歩的な練気術で、挑発タウントと呼ばれる術だった。このレベルでは本能で行動するような魔物にしか通じないが、熟達者なら、人間並みの知能を持つ相手にも通じる。そこまでいけば、精神支配のようなものではあるが。


 ともあれ、地道な訓練の成果はそれなりに出たようで、半分程の大蜂がペコに向かった。

 少し多い気がするが。


(まぁ、こっちもお手並み拝見といきますか)


 過保護な気持ちを堪えて、この一か月の訓練の成果とラビーニャの実力を見る。


「無理すんなよ~」


 とは言っておくが。


「自分だって勇者になるんすから! ライズさんにばっかり良い恰好させないっすよ!」


 ペコの返事は意外に真面目だった。ラビーニャの加入に危機感を覚えたのか、彼女の受けた啓示で夢が現実味を帯びたと感じたのか。なんにせよ、いい意味での刺激を受けたらしい。


(ま、いいことではあるわな)


 なんとなく、いい気分でそれを認める。


 一つを除いて巣穴を塞ぐと、ライズは鞄から殺虫剤の小瓶を取り出した。数は三つ。多めに用意したつもりだが、思いの他巣が大きく、ギリギリになりそうだ。外せば面倒な事になるだろう。


 まぁ、その時はその時だ。

 さして緊張もせず、小瓶を並べた掌に魔力を集める。


「運び手よ」


 魔力の塊が小瓶と共に飛び出した。魔弾の応用で、投げるよりも的確に物を飛ばす事が出来る。ユリシーが魔力を矢に変える術を覚えてからは、その手の役は彼女に取られて出番も減ったが。


 それでも、外しはしなかった。三つの瓶は危なげなくただ一つ残った巣穴に飛び込み割れて、毒々しい紫色の煙を噴き出した。

 追い立てられるように数匹の大蜂が飛び出し、慌てて蓋をする。

 大量の大蜂が中で暴れる嫌な音が巣から響き、振動で木が揺れ、がさがさと枝葉が鳴った。

 ともあれ、こちらはこれで大丈夫だろう。


「いぎゃあああああああ!?」

「大丈夫か!?」


 悲鳴に振り返ると、ペコが背中に張り付いた大蜂にグサリと尻を刺されていた。毒もそうだが、針自体かなり太い。前に刺された時の痛みを思い出し、ライズはうっ、と顔をしかめた。


「くたばりやがれですわ!」


 ラビーニャが駆け寄り、太もものメイスを抜いて振りかぶった。服と同じで、白地に金の装飾が入った、洒落たメイスだ。細身な上に先は丸く、実用性は低い様に見えたが。


(……いや、これは――魔術具か)


 先端に収束する魔力を見て気づく。恐らく、魔力を質量に変える術が付加されているのだろう。細身の割には両手で重そうに振りかぶり、殴られた大蜂も鉄塊で殴られたように勢いよく地面に落ちた。


「しねしねしね! 死にさらしやがれですわ!」


 そのまま、畑でも耕すように上段から何度も振り下ろす。魔力を帯びて、先端の槌部分も疑似的に大きくなっているらしい――巨大化した淡い光の力場だ。大蜂は一撃ごとにぶちゅりと潰れて、薄汚い地面のシミに変わった。


「いだいいだいいだいいだいいだい! ラビーニャ! 助けて欲しいっす!」


 一方ペコは、刺された尻を抑えながら、半泣きになって無意味に駆け回っていた。


「援護する! ペコの傷を治してやってくれ! 突風よ!」


 大風を吹かせて大蜂を吹き飛ばす。ダメージは与えられないが、時間稼ぎにはなるだろう。


「仕方ありませんわね。ペコ、お尻を出しなさい」

「っす!」


 言われるがままペコが尻を突き出す。

 ラビーニャはおもむろにペコのスカートをまくり上げ、べろんとパンツをずり下げた。


「ちょぁ!? ななな、なにやってんすか!?」

「傷を見ないと癒せませんわ」

「ライズさん! 見ちゃだめっすからね!」

「誰が見るかアホ!」


 振り返らずに叫ぶ。こちらは大蜂の相手で忙しい。


「なんで見ないんすか! ピチピチの十六歳の生尻っすよ!?」

「うるせぇよ!」


 不満そうなペコに叫び返す。まぁ、この様子なら大した怪我ではないのだろう。


「あら、お尻が青いですわね」

「ひぃ!? そ、それはナイショっす! 早くするっす!」

「はいはい」


 適当に答えると、ラビーニャは首から下げた聖印を左手で握り、祈るように目を閉じて右手を尻に掲げた。尻に掲げた掌が白い光を帯びる。


「ほわぁぁぁ……あったかくて、気持ちいいっすぅ……」


 丸出しの尻を突きだした格好で、恍惚そうにペコが言う。


「いっちょ上がりですわ」


 ばちん! と尻を叩き、ラビーニャがペコを現実に引き戻した。


「ひぎい!? 乙女の生尻っすよ! もっと大事に扱うっす!」


 憤慨しつつ、ペコがパンツを直した。


「そう思うなら、そもそも怪我をしないように気を付けるべきですわね」


 冷ややかに言うと、ラビーニャは聖印を手に祈りを捧げ、光を宿した人差し指でペコの額を突いた。


「ついでに加護の奇跡もかけておきましたわ。さぁペコ、お行きなさい!」


 猛獣使いが命令するように、ラビーニャはばっ! と大蜂に向かって片手を振りかざす。


「うぉおおおおお! なんかわかんないっすけど、漲って来たっすぅうううう!」


 身体能力を強化する類の奇跡だろう。ペコはその場でどかどかと足踏みをすると、弾かれたように飛び出した。怪我は痛みもなく完治し、毒も除かれたらしい。


 加護の奇跡も中々で、ペコは野ウサギの如く跳ね回り、空中を飛び回る大蜂を次々叩き落している。


「くたばりやがれですわ!」


 のみならず、ラビーニャは素早く駆け寄り、ぐちゃり、ぐちゃりと確実にとどめを刺して回った。


 茫然と言う程ではないが。

 それでもライズはその光景に少なからず目を見張っていた。


「……こいつは――マジで掘り出し物かもしれねぇな」


 苦笑いで呟いた。


 変人だが、聖女を自称するだけの事はあったらしい。

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