第14話
「えっちぃねーちゃんすね」
身も蓋もないが、ペコの言う通りだった。
高飛車な顔をした金髪の美人である。背が高く、無暗に胸が大きい。そんな所に目が行ったのは――それを強調するような恰好だったからだ。白いケープは短く、その下の白い水着のような上着は胸しか隠していない。下は際どい前垂れだけで、長い脚が露になっている。全体的に白っぽい服――というより布切れ――は、金糸で派手に飾られている。太ももの辺りに括った細身のメイスと首から下げた奇妙な――輪の中に三つのサイコロが並んだ――首飾りを除けば、高級店の踊り子といった風ではあった。
不躾なペコの言葉も特に気にすることなく、というよりむしろ得意気に、女は腰に手を当て、大きな胸を見せびらかすように堂々と立っている。
冒険者には奇抜なセンスの持ち主が少なくないが、それにしても派手な女だった。
「えっちぃねーちゃん、大いに結構! 誉め言葉と受け取っておきますわ! おーっほっほっほ!」
ペコに負けず劣らずの無駄な大声を発すると――ば! っと左手を横に振り、大仰な仕草で高笑いを上げた。
「わたくしの名はラビーニャ! 自由と運命、幸運を司る女神ダイアースの天啓を受けし聖女ですわ!」
「お、おう」
勢いに呑まれ、呻くように答える。
聖女、あるいは聖人は、神官にとっての勇者のような存在だった。勇者と共に魔王を倒した神官はそのように呼ばれて伝説に名が残る。
癒し手のマレアや清らかなるエスメラルダ、不浄殺しのダイクンなどの伝説はライズも聞いた事がある。勿論、前回の王魔の時は百年以上前だし、そうでなくともこんな三流店に聖女様が現れるわけもない。ペコと同じで自称だろう。
(……つまりは、変人ってわけだが)
まぁ、見るからにという感じである。
妙な奴に絡まれたなと思っていると、ペコが勢いよく椅子をひっくり返して立ち上がった。
「自分はペコっす! 光剣の勇者ロッドの末裔にして、伝説の勇者になる女っす!」
「……張り合うなよ」
周りの目が痛い。
なぜ自分の周りにはこんな奴ばかり集まるのだろうか? 理由があるとしたら、それはそれでぞっとしないが。
ともあれ、ライズは尋ねる事にした。
「で、その聖女様が何の用だよ」
「鈍い男ですわね。神官を探しているのでしょう? わたくしがパーティーに入って差し上げると言っているのですわ」
「はぁ? なんでだよ」
困惑するライズを他所に、ペコが飛び上がる。
「マジっすか! ラッキー! 自分ペコっす! 駆け出しっすけど、このパーティーでは先輩なんで、敬うようにっす!」
と、ラビーニャを真似してない胸を張る。
「待て待て待て!」
慌てて止めに入るが。
「あ、さーせん。ライズさんの自己紹介がまだだったっす。この人はライズさんっす! 後に勇者ペコを育てし者としてふんわりと名が残るかもしれない底なしのお人よしっす!」
じゃじゃ~ん! と、隣で両手をひらひらさせながら言ってくる。
「やめろ恥ずかしい! そうじゃなくて、流石に怪しすぎるだろ!」
「そうっすか? 自分の時もこんな感じだったと思うっすけど?」
「お前も十分怪しかったんだよ!」
「えぇ~!?」
寝耳に水という感じで驚いてくる。
「大体、神官を欲しがってるパーティーは幾らでもいるのに、弱小パーティーの俺らに声をかけてくる意味が分からん」
半ばをペコに、もう半分はラビーニャに向けて言う。
「そんなの決まってるっす! 自分達が伝説に名を残す勇者のパーティーだからっすよ!」
「なわけねぇだろうが……」
ペコが勝手に思う分には好きにさせているが、ライズ自身は勇者になれるとは思っていない。ペコの実力云々以前に、そもそも王魔の時ではないのだ。魔王がいないのだから勇者になりようがない。と、そんな理屈を抜きにしても、普通に考えればあり得ない話であるのだが。
「彼女の言う通りですわ」
ラビーニャはあっさり肯定してきた。
「…………」
馬鹿馬鹿しくて声も出ない。
「ほら言ったじゃないっすか! きっとラビーニャは勇者である自分を助ける為に女神様に遣わされたんすよ!」
ペコはペコで、すっかり夢見る顔になっている。
「それは違いますわ」
そちらはきっぱりと否定して、ラビーニャはビシ! っと大仰なポーズでこちらを指さした。
「女殺しのライズ。卑劣ながらもいずれは勇者になる男。女神ダイアースの啓示に従い、あなたに力を貸して差し上げますわ」
「…………お、俺?」
すっかり困惑して自分を指さす。
「おかしいっす! 納得いかないっす! なんで自分じゃなくてライズさんが勇者なんすか!?」
と、ライズを押しのけ、ペコがラビーニャの前に飛び出す。
「わたくしはその男が勇者になると啓示を受けただけ。そんな事言われても知りませんわ」
唾を飛ばして食って掛かるペコに、ラビーニャはさして興味もなさそうに答えた。
「啓示ねぇ……」
ぽつりと呟く。そういう現象がある事は知ってはいた。神官の使う神秘術には神と繋がりヒントや預言を授かる術がある。もっともそれは、必ずしも当たるとは限らず、内容も抽象的で役に立たない事の方が多いようだが。他にも、神様の方から人間に語りかけて来る事もあるという。幻視や幻聴、白昼夢、あまりにも出来過ぎた偶然などという形で。まぁ、中には行き過ぎた信仰心による思い込みも相当あるという噂だが。
実際クレッセンも、一時期ライズが勇者だという啓示を受けたと大騒ぎした事があった。その時はただの勘違いだろうという事で終わったが。とはいえ、伝説の聖女や聖人の中には、神の啓示を受けて勇者を見出した者も少なくない――が、これはこれで、伝説にありがちな後付けのハッタリという説をライズは推しているが。なんにせよ、眉唾である。
「まぁ、俺としては神官がパーティーに入ってくれるならなんでもいいんだが――」
ペコが勇者を目指すのも、別に止める理由はない。名をあげて有名になりたいという話であれば納得も出来る。ラビーニャも似たようなものなのだろう。ライズとしては勇者になど興味はないが、冒険者として生きやすくなるという意味では、それなりの名声を上げる事に異論はない。
とは言えだ。
「――一応言っておくと、俺はそれなりに腕は立つが、特別な力なんて何一つない平凡な冒険者だ。勇者になりたいと思った事もないし、なれる器だとも思ってない。というか、そもそも魔王だって現れてないわけだしな。勇者じゃなかったと後で文句を言われても責任は取れないぞ」
それだけは言っておく。
「構いませんわ」
ラビーニャは気にもしない様子だが。
「啓示というのは、可能性の示唆に過ぎません。当たる時もあれば、外れる時もありますわ」
「それって意味あるんすか?」
ペコが尋ねる。純粋に不思議に思ってという感じだ。
「ないと思いまして?」
試すような薄笑いをラビーニャは浮かべた。
「だって、なんだって当たるか外れるかじゃないっすか」
と、当たり前の事を言うのだが。
ラビーニャはそれこそ、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「女神ダイアースはいい加減で悪戯好きですけど、嘘は言いませんわ。その彼女が、この男は勇者になると告げたのなら、その可能性はどれだけ低くてもあるのです。であれば、わたくしはそこに全てを賭けるだけ。わたくしはその男に仕える為でなく、勇者にする為にやってきたのです。そして彼に魔王を倒させ、わたくしは聖女となって歴史に名を残す。美しき聖女ラビーニャに誰もが憧れ、ひれ伏して靴を舐める。あぁ、なんて素敵な事でしょう! 想像するだけで濡れてしまいますわ……おーっほっほっほ!」
うっとりと頬を赤らめると、見悶えて高笑いを上げる。ペコも大概だと思っていたが、比ではない変人らしい。
「……まぁ、あんたがそれでいいなら俺はいいんだが」
灰汁は強いが、汚名に塗れた弱小パーティーにわざわざ入ってくれるというのだ。この程度の変人は我慢しないといけないのだろう。
問題はペコである。ライズが勇者だと言われたのが気に食わないのか、見るからに不満そうに頬を膨らせ唇を尖らせている。
「嫌なら断ってもいいぞ」
肩をすくめて告げる。新しい仲間を増やすのだ。ライズの一存というわけにはいかない。
「嫌ってわけじゃないっすけど……」
不満ではあるという事だろう。
(別に、焦って決める必要もないしな)
ラビーニャを入れてパーティーが壊れたら元も子もない。
断ろうと決め、口に出そうと息を吸う。
こちらの気を読んだのか、ラビーニャが割って入った。
「その必要はありませんわ」
と、最初と同じ言葉で止め、ペコに向き直る。
「ペコと言ったかしら。どうやら勘違いしているようですけど、勇者になりたいのであれば、わたくしを仲間に入れた方が得ですわよ」
「……なんですっか」
すっかりぶすくれてペコが聞く。
「お馬鹿さんですわね。考えてもみなさい。わたくしに啓示が下ったという事は、その男が勇者になるには、わたくしの手助けが必要という事ですわ」
「……つまり、ラビーニャがいたら自分は勇者になれないって事じゃないっすか」
啓示とやらを信じたのか、後ろめたそうにそんな事を言う――が。
「とんでもない。むしろ逆ですわ。わたくしが入ることで、このパーティーは伝説の勇者の一団になる可能性を得る。同じパーティーにいるあなたも、努力次第では勇者として名を残せるという事でしょう?」
「…………っ!」
理解するには多少の時間がかかったらしい。月が満ちるようにゆっくりと目を丸くして、ぱっくりと口が開く。そして不意に、ハッとしてこちらを向いた。
「まぁ、勇者が一人って決まりはないわな」
あまり多くはないが、一つのパーティーで複数人が勇者として名を残す事もないではない。だからどうしたという話ではあるが、ペコにとっては重要な事だろう。
「っすよね! ライズさんが勇者でも、自分も勇者になれるっす! むしろこれは、勇者になるチャンスがぐぐっと近づいたって事なのでは!?」
「だからそう言ってますわ」
「やったー!」
と、ペコはラビーニャに抱きつき、大きな胸にぐりぐりと頭を擦りつけた。
「よろしくっす! みんなで頑張って伝説になるっすよ!」
「勿論、わたくしはそのつもりですわ」
揺れる胸をそのままに、ニヤリとしてラビーニャは言う。ペコは興奮冷めやらず、「やったー! 本当に勇者になれるっす!」と叫びながら店の外に駆けだした。まぁ、すぐに戻ってくるだろうが。
そちらを微笑ましく眺めつつ、ラビーニャに視線を向ける。
「口が上手いな」
馬鹿ではない。むしろ、賢いとさえ言えた。悪知恵のようにも思えるが。
「当然ですわ。神殿にいれば、嫌でも説法をさせられますもの」
(つまり、こいつもこいつでじゃじゃ馬ってわけか)
神官は皆お行儀の良い優等生というのは幻想である――まぁ、そういう意味ではクレッセンは絵に描いたような神官ではあったが。祀る神の性質にもよるが、そもそもちやほやされたくて聖女を目指すような女だ。相当に破天荒な部類ではあるのだろう。少し話しただけでも、そんな気がする。
(まぁ、頼もしいと言えば頼もしいか)
「改めて名乗っとく。魔術戦士のライズだ。よろしくな」
右手を差し出す。
「わたくしを仲間にしたからには、嫌でも勇者になって貰いまわすわよ」
不敵な笑みで握り返され、ライズは思う。
(なんだか、悪魔と取引したような気分だぜ)
予想したわけではないにしろ。
その直感は、当たらずとも遠からずではあるのだった。
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