第7話

 ペコが泣き止むと、魔術で灯りを作り、森の外まで連れていく。途中何度か魔物と出くわすが、適当に魔術で吹き飛ばした。


 街道に着く頃には、ペコはすっかりお眠の様子だ。


 出来損ないのゾンビのように俯いて、右に左にふらつきながらついてくる。おぶってやろうかとライズが聞くと、ペコは眠そうに目を擦った。


「……へーきっす……じぶんれ……あるへるっす……ふぁぁ……」


 程なくしてペコは立ったまま眠りだし、ライズは「だから言っただろうが」とぼやきながらペコを背負った。


(……たく。なにやってんだ俺は)


 呆れた心地で思う。赤の他人だ。こんな事をしてやる義理はない。助けた所で、何の得もないどころか、妙な噂が増えるだけだろう。


 そんな事は分かっていたが――それでも、後悔はなかった。


(……馬鹿野郎って事なんだろうな)


 しみじみと思う。結局自分は、救いがたいお人よしなのだろう。


 見捨てれば、後悔する事は分かりきっていた。性分という奴である。こればかりは、自分の意思ではどうにもならない。


 深く、溜息をつく。

 まぁ、嫌な気分ではない。

 むしろ、晴れやかな気持ちですらあった。


 星空を見上げる。

 思い出したのは、シフリル達の事だ。


 雪月花を結成して間もない頃、初めて仕事で人食い森に入った時の事だ。結果は散々で、足を挫いたシフリルを背負い、魔物に怯えて大泣きするクレッセンとユリシーを慰めって帰った事を覚えている。


 あの頃は良かった。


 先輩風を吹かせるライズを、三人は無邪気に頼ってくれて。

 ライズもそれが嬉しくて、出来る事をなんでもしてやった。

 こんな事になってしまったが――それでも、楽しい時はあったのだ。

 終わり方が悪かっただけで、楽しい思い出の方が多いくらいである。


(……だからこそ、辛いんだけどな)


 仲間だと思っていた存在、家族だと思っていた三人に裏切られ、ライズの胸にはぽっかりと穴が開いたようだった。けれど、怒りはさほど湧かなかった。恨む気持ちもあまりない。それ以上に――哀しさと寂しさが勝っていた。


 パーティーを求めたのは、それを埋めたいという理由もあったのだと思う。

 感傷に浸っていると、背中のペコがもそもそと動いた。


「……うにゅ……らいずしゃん……自分と、パーティー、組んで欲しいっす……」


 寝言のように言ってくる。正直に言えば、悩ましい所ではあった。変人だが、面白い娘ではある。思ったよりも度胸が――というか、ガッツが――あり、磨けば光りそうな予感もある。


 とは言えだ。


「……約束したのは別の冒険者とだろ」


 それが理由ではなかったが。

 また裏切られるのが怖い。

 ただそれだけの理由だ。


「……ライズさんがいいんっす」


 気楽に背負われた小娘の言葉は、どういうわけか幸せそうだ。

 訝しんで尋ねる。


「……なんでだよ」

「……決まってるじゃないっすか」


 眠そうに、けれどなぜか、誇らしく。


「……関係ないのに、わざわざ助けに来てくれたんす……こんな優しい人、いないっすよ……」

「……ただのお人よしだ。そのせいで散々苦労してる。俺とパーティー組んだって、大変なだけだぞ」


 自分を捨てた仲間すら恨み切れない甘ちゃんなのだ。

 思い返せば、シフリル達にもそれなりに苦労を掛けた。甲斐性なしと思われても仕方ない程度には。


「……それでもいいっす。ずっと一緒の仲間っすから。一緒に居たいって思える人がいいっすよ」


(……ずっと一緒の仲間ね)


 一度裏切られた後では、そう簡単には信じられない。


 とはいえだ。


 一度裏切られた後だからこそ、信じたい言葉でもあった。


「……約束出来るか?」


 口にしてから後悔する。

 女々しい上に意味がない。

 なにより、そんな約束はするべきではない。


 何に対しての約束なのか、ペコはすぐには理解出来なかったらしい。

 その間に訂正する。


「……なんでもない。今のは忘れてくれ」

「ダメっす」


 強くしがみつき、嬉しそうに言ってくる。


「約束するっす。ライズさんとは、ずっと一緒っす。そんで、一緒に伝説になるっすよ」


 うひひひひ、とペコが笑う。


 今更取り消すのは心が痛んだ。

 そして多分、取り消した所でこの小娘は納得しないのだろう。

 それこそ、あの日のシフリルのように。


(……ここで断るくらいなら、最初から助けるべきじゃなかったんだろうな)


 そう思う事にして、ライズは一つ溜息を洩らした。

 一応、渋々という風に。


「わかったよ」


 ただ一言、背中の娘に言ってやる。


 それだけで、ペコは眠気が覚めたみたいに喜んだ。


 小娘を背負っているのは幸いだった。


 そうでなければ、情けなく緩んだ顔をからかわれていた事だろう。

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