第4話
「じぐじょ~! なんだって俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだ!?」
惨めったらしく泣きながら、勢いよくジョッキをカウンターに叩きつける――直前で加減し、そっと置いた。
知ってる店はあらかたまわったが、どこも同じような物である。そうして行きついたのが、新顔や駆け出しの集まる三流店の黒瓜亭だった。
「久々に顔を出したと思ったらうるさい奴だねぇ。大の男が、パーティー追い出されたくらいでビービー泣くんじゃないよ」
呆れるように言う。
カウンターの向こうから話しかけたのは、この店の女主人のハンナだった。癖の強い赤毛に眼帯をした強面の女で、エプロンをつけていなければ山賊の頭にでも見えただろう。
黒瓜亭は、ライズがこの街に来て最初に世話になった冒険者の店だった。雪月花が生まれたのもこの店である。今となっては遠い昔のように思えるが。
冒険者の店と一口に言っても、店によって行っているサービスや扱う仕事の質が違う。一流店なら一流の仕事を扱い、それを求めて一流の冒険者が集まる。三流店はその逆だ。そういうわけで、冒険者が実力に応じて店を変えるのは珍しい事ではない。
雪月花の三人が実力をつけてからは顔を出す事もなくなったが、それでもハンナはライズの事を覚えていたらしい。ようやく愚痴を吐ける相手を見つけて、みっともなく酔いつぶれている所である。
「だってよぉハンナ! あいつら酷いんだぜ! 俺の事男だからってクビにして、代わりに新しい女入れて女同士で乳繰り合ってたんだ! 百歩譲ってそれはいいさ! 好きになっちまったんならしょうがねぇ! けど、ナイショにする事ないだろ!? 俺はそんな事で目くじら立てるような尻の穴の小さい男じゃないぜ! ユリシーだって、彼女を誘いたいから辞めて欲しいってんなら、素直にそう言ってくれればいいんだ! 所詮は他人だ! 俺だって一生一緒ってわけにはいかない事くらい分かってる。それでも三年一緒にパーティー組んだ仲だぜ! 綺麗に別れる手だってあっただろうよ!」
「はいはい、そうだねぇ。あんたの言う通り、あの女どもは恩知らずだよ」
コップを磨きながら、同情するようにハンナが肩をすくめる。
「……あんた、俺の話を信じてくれんのか?」
初めての反応に、ライズは目を丸くした。他の連中はみんな、ライズを嘘つきの下衆野郎扱いで、まともに話を聞いてくれる者など一人もいなかった。
「こちとら冒険者の目利きで飯を食ってるんだ。本人前にして馬鹿な噂を鵜呑みにする程マヌケじゃないよ」
「……あんたが女でなけりゃパーティーに誘ってる所だぜ」
心底そう思いながら、大真面目な顔でライズは言う。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
鼻で笑うと、ハンナが新しいビールを差し出す。今日はとことん飲ませてくれるらしい。常連だった頃、失敗した時はいつもそうしてくれた。飲んで忘れてまた頑張れ。嫌でも明日はやってくる。そう言って励ましてくれた事を思い出す。
「なぁハンナ。この店で仲間を探してる男だけのパーティーがあったら教えてくれよ」
「ないね」
「即答かよ!」
「そりゃそうさ。男だけのパーティーなんてむさ苦しいだけだ。そんなのはあんたら男がよく分かってるだろ。余程の物好きかそっちの気でもない限り、男だけのパーティーなんてそうそういやしないよ」
その通りではあった。実際、仲間探しに難儀している理由の一つはそれだった。男だけのパーティーは稀である。余程の硬派か、もう一つの理由だ。どちらにせよ、ナンパ野郎はお呼びではない。
そうは言ってもだ。
「ならどうすりゃいいんだよ! 俺はもう女とは組みたくないぜ!」
「諦めな。世の中の半分は女なんだ。中にはあたしみたいにイイ女もいるだろうさ。はっはっはっは!」
自分で言って豪快に笑う。
「やだ! 今度は絶対男だけのパーティーにするって決めたんだ! この際そっちの気でもかまわねぇ!」
(いや、流石にそれは遠慮したいが……)
と、自分で突っ込む。
酔った勢いである。もちろんライズもそこまで極端な事は考えていないが、叶うならそうしたいとは思っていた。なんだかんだ、今回の一件では深く傷ついていた。女性不信とまでは言わないが、女と組むのは抵抗がある。女がみんなあの三人のようだとは思わないが、女と組めば、嫌でも三人の事を思い出してしまいそうだ。
「なら好きにしな。少ないだろうが、世の中には物好きな奴がいるもんさ。根気よく待てば、いつかは見つかるだろ。世の中にはあんたみたいにイイ男を捨てちまう馬鹿もいるくらいだからね」
女主人の一つ目がぱちりと瞬いた。
「……ハンナ」
涙が滲み、ライズは洟をすすった。
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