第3話

「くそったれ! これだから女って奴は!」


 通りに出て、ようやくライズは思いきり毒づいた――そして、通行人になんだこいつは? という顔をされて若干後悔したが、知った事ではない。


 勢いのまま足元の小石を蹴飛ばそうとして――寸前で躊躇った。間違って人に当たりでもしたら事である。その程度には冷静というよりも、怒りきれない難儀な性格の持ち主なのである。


 ともあれ、狙いを違えたつま先は硬い石畳を蹴って、足首がぐぎっと曲がったが。


「うぎぃ!? ちくしょう!」


 痛みに顔をしかめるが、周りの目がある。痛いのを我慢して、足早に通り抜けた。

 怒りに突き動かされて当てもなく歩くうち、その怒りも徐々に冷め――と言っても、消える事はないだろうが――別の感情が顔をもたげた。


「……情けねぇ」


 げっそりとして呟く。丸めた背には哀愁が漂い、ただでさえ冴えない男を余計に冴えなくさせた。


「……こんなもんかよ。仲間ってのは」


 人目がなければ泣いていたかもしれない。その程度にはショックだった。駆け出し以前の半端者の頃から甲斐甲斐しく面倒を見て、手塩にかけて育てた仲間である。ライズにとっては家族と言ってもそう大袈裟ではない存在だった。それが突然、そしてこれほどあっさり捨てられるとは。


 怒りや恨みもないではないが、それ以上に悲しく、虚しく、遣る瀬無かった。


 仲間だと思っていたのは俺だけだったのか? とか。

 あんな奴らを家族のように思っていた自分の馬鹿さ加減だとか。

 この三年間はなんだったのか? とか。


 様々な想いが渦巻いてライズの胸を切り裂き、締め付け、嘲笑った。


 そうして小一時間程死にたい気持ちになっていると、そんな気持ちも幾分晴れ――というか、慣れ――今度はまた別の思いを込み上げてくる。


「……これからどうすっかな」


 やはりげっそりして呟く。心持ち、痩せたような顔になって。


 現実的な問題である。


 雪月花を追い出されてもライズの人生は続く。腹は減るし、寝床もいる――今更馬小屋なんかで寝たくはない。生きる為には金が必要で、金が欲しければ働くほかない。


 そうは言っても、あんな事があった後である。とてもではないが、白蛇亭には顔を出せない。冒険者として仕事をするなら、一人よりもパーティーを組んだ方が仕事は得やすい。そうでなくとも、元より孤独な冒険者である。一人でやるのはあまりに寂しい。一人旅をしていた頃ならいざ知らず、パーティーの賑やかさを知ってしまった今では、戻ることは難しいだろう。


 で、あればだ。


 行きつけの店を変え、新しい仲間を見つけなければいけない。ゼロからとは言わないが、それに近いスタートである。


 わかりきった事ではあるが、億劫だ。


 特に、三年連れ添った仲間に裏切られた後では。


(……まぁ、悪い事ばかりでもないさ)


 溜息を一つつくと、ライズは前向きに考えようと努力した。


 どうせ裏切られるのなら、早い方がいい――三年が早いかどうかは別としても――場合によっては、もっと長く付き合ってから追い出された可能性だってあったのだ。傷が浅い内に別れられたという意味では――まぁ、言う程浅くもないが――幸運だった。そんな風にはとても思えないが、そう思わなければやってられない。


 溜息をもう一つ。


「なに、俺は腕のいい魔術戦士だ。欲しがる奴は幾らだっている。そうとも! 今度はもっと良い仲間を見つけて、あいつらを見返してやりゃいいのさ!」


 空元気ではあったのだが。実際に声に出してみると、僅かだが気は晴れた。


(そうとも。これでおしまいってわけじゃない。むしろ、新しい人生のはじまりってわけだ!)


 己を鼓舞し、以前利用した事のある冒険者の店を思い出す。

 同時に、次のパーティーはどんな顔ぶれが良いかを考えてみた。

 咄嗟には思いつかないが。


「……今度は全員男のパーティーにすっかな」


 それだけは心に決めた。

 思い返せば、昔から女難の気があるライズだった。

 女はもう、こりごりである。



 †



「なんでだよ! 俺はあの雪月花で魔術戦士をやってたライズだぜ!」

「知ってるよ! 凄腕の美人冒険者を三人も侍らせてた憎い野郎だ! てめぇは大した実力もねぇのに、駆け出しの頃に唾つけた恩で散々こき使って、ついに放り出されたマヌケ野郎だって聞いてるぜ! そんな男の腐ったような野郎、俺達のパーティーに入れられるか!」


 熊のような大男に突き飛ばされ、ひっくり返る。横で飲んでいた冒険者がジョッキを逆さにし、飲みかけのビールをライズの頭に奢った。笑い声が響き渡るが、ライズだけは笑っていなかった。当然ではあるが。


 白蛇亭よりは幾分格の落ちる、穴熊亭という冒険者の店だった。男だけのパーティーを見つけて声をかけてみたのだが、結果はこの通りである。


 冒険者は噂好きだ。白蛇亭での一件は、既に知れ渡っているらしい。その程度の事は覚悟していたが――もう一方は失念していた。噂には、尾鰭がつくという事をだ。

 腕利きの美人冒険者を三人も連れているという事で、元から妬まれていたのだろう。噂ではライズは、女に食わせて貰っていた役立たずのヒモ野郎という事になっているらしい。


 そんな馬鹿な! という感じだが、冴えない風体のライズである。シフリル達と並んで歩けば、そう思われるのもまぁ、無理からぬ話ではあった。


 否定する事は出来ただろうが、気力が出なかった。

 言った所で、誰も聞きはしないだろう。

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