一章

第2話

「雪月花は今日で解散すると言ったんだ」


 聞き返す男に、聞き返された女が答えた。


 朝、凄腕の冒険者が集まる、白蛇亭という冒険者の店の一角である。


 聞き返されたのは美しい女だった。雪のようにと言うべきか。冷たい銀髪に冷たい目をした、冷たい顔立ちの美女である。白銀の鎧を着て、腰には白鞘の長剣を下げている。


 それと比べると、聞き返したのはいかにもぱっとしない、黒髪の冴えない男だった。整ってはいないが、散らばってもいない頭髪。容姿も恰好もそのようなものだ。なんという事はない剣を腰に下げ、冴えない以外は、皮肉っぽい目だけが辛うじて特徴と言えた。


 男の名はライズといった。

 女の名はシフリルといい、この三年で急成長を遂げた腕利きの冒険者パーティー、雪月花のリーダーでもある。


「……いや、いきなりすぎんだろ」


 しばらく茫然として――いまでもそれは続いているが、とにもかくにもライズは言った。呻くようにである。


 視線をシフリルの隣に向ける。


「……二人は知ってたのか?」


 左右には、やはり美女が立っていた。


「……えぇ」


 先に答えたのは、夜に浮かぶ月のような美女だ。


 鮮やかな金髪に、夜色の法衣を着た神官である。豊満な身体つきで、手には錫杖を持っている。名はクレッセン。穏やかな印象の目は、心苦しそうに俯いていた。


「ていうか、三人で決めた事だし?」


 最後の美女が――というか美少女が――明るい声音で言った。明るくはあったが、どこかうんざりとしたような響きもある。花のようなに愛らしい美少女だ。橙色のショートヘアに、動きやすい狩人風の服。やや小柄だが、身体はすらりとしている。背にはコンパクトな混合弓を負っている。ぱっちりと大きな目は、呆れるような半眼でライズを見返していた。


 それでまぁ、大体の事を察する。


「……つまり俺は、お役御免って事か」

「そういう事になる」


 野次馬と化した店の冒険者がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 内心のショックを隠しつつ、ライズは可能な限りは平静を保とうと努力はしたが、上手くいった様子もない。足元がふらつくのに耐えつつ、誤魔化すように頭を掻いた。やはりまだ、茫然としている。


「……なんでだよ」


 思ったままを尋ねた。


「お前が男だからだ」

「……はぁ?」


 シフリルの答えに、思わず素っ頓狂な声が零れた。込み上げた怒りが茫然を駆逐して身体を熱くする。


「駆け出しの頃から散々面倒見てやったのに、そんな下らねぇ理由で追い出されるのかよ!」


 実を言えば、この一団の生みの親はライズだった。三年前、一人旅の末にこの街――ライバーホルン――にたどり着き、仕事を求めてとある冒険者の店を尋ねた。白蛇亭ではない。よそ者や駆け出し、半端者の集まる三流店である。


 そこでまず、シフリルと出会った。当時の彼女は、貴族の生活に嫌気がさして飛び出した、ただの家出娘だった。


 路銀の尽きた世間知らずの飢えた小娘に、ライズは飯を奢り、家に帰れと説教をした。その程度にはお節介な男である。勿論その時は、一緒にパーティーを組む事になるとは欠片も思っていなかったが。


 貴族の家出娘は貴族らしい身勝手さを備えており、ライズの説教など聞きもせず、逆に仕事に連れて行けと要求した。甘えた考えの小娘である。一度怖い目を見せれば諦めるだろうと仕事に連れて行き、実際に怖い目に合わせてやったのだが、小娘は意外にへこたれず、一度だけという約束も平気で反故にしてきた。


 厄介な奴に関わってしまったと後悔しながら、仕方なく面倒を見る内に似たような役立たずの見習い神官と狩人もどきが加わった。なんでこんな事にと思いつつ、ある日等々腹を括った。


 雪月花という名も、喧嘩ばかりでなかなか打ち解けない三人娘が少しでも仲良くなれるようにと思ってつけた名だった。


 それが功を奏したというよりは、この三人に元から才能があったのだろう。当初の予想に反し、三人の小娘はめきめきと実力をつけ、今ではこの街で知らぬ者のいない実力者へと成長していた。


 それが全て自分の手柄とは流石に思わないが、そんな理由で突然追い出されるのは、あまりに不義理が過ぎるのではないだろうか。

 と、ライズとしても思うのだが。


「そういう所も気に入らない。確かにお前には世話になったが、この三年で借りは返した。私達はもう駆け出しじゃない。実力者揃いの白蛇亭でも一目置かれる名うての冒険者だ。剣の腕も、とうにお前を超えている」


 シフリルはいたって冷静に――というか、無感情に告げてきた。


「てかさー、女三人に男一人はマズいっしょ?」


 ユリシーが後に続く。物分かりの悪い相手に説明するような面倒くささが滲んでいた。


(今更なに言ってんだ?)


 そう思いつつ。


「……そんなの、別に珍しくないだろ」


 告げる。


 珍しくないは言い過ぎだが、ない事はない。逆の構成なら山ほど見る。これまで特に問題が起きた事は――ないとは言えないが、追い出されるような間違いを犯した記憶はなかった。多分だが。


「厭らしい目で見られるのが嫌なんです……」


 顔を背けて呟くクレッセンに、ライズは絶句した。聞いていた野次馬の冒険者達が、ひそひそと眉をひそめる。


「なっ!? み、見てねぇよ!」


 慌てて否定するが――まったくないとは言い切れない。勿論、わざとではない。ライズも、美人冒険者三人に男一人という構成の危うさは理解している。出来るだけ、というか、努めて、というか、とにかく、三人をそういう目で見ないように気を付けてはいた。


 とは言えだ。ライズも男だし、三人は三人とも、男なら誰もが羨む――時には女ですら――美貌と可憐さの持ち主である。不本意ながら、ふとした瞬間に目を奪われる事がまったくなかったわけではなかった。


「てかもう全部無理って感じ? 臭いし面白くないし見た目もパッとしないし。あたしらと並んでて恥ずかしいとか思わないわけ?」


 慌てるライズに、とどめとばかりユリシーが言った。愛嬌たっぷりの目は、明らかにこの話題が早く終わる事を望んでいた。二人も似たようなものである。つべこべ言わずさっさと消えてくれと、そんな目だ。


 反論はあった。粗暴な男冒険者でも、綺麗どころとパーティーを組めば多少は身なりに気を使う――まぁ、ちゃんと風呂に入るといった程度ではあるが。話だって、三人に合わせた話題を意識して仕入れるようにしていた。見た目がパッとしないのは生まれつきだからどうしようもないが。


 とはいえ、それこそ、言った所でどうしようもない話なのだろう。三人の中で、ライズを追い出す事は決まっているらしい。これ以上なにか言い返した所で、余計に恥をかくだけだ。


「……そうかよ。けどな、後悔すんなよ! 言っとくが、俺みたいに腕のいい魔術士ってのはそう簡単には見つからないぞ!」


 我ながらマヌケな捨て台詞だと思いながら言う。 

 シフリルはにこりともせず鼻で笑うだけだったが。


「お前を追い出すんだ。代わりが見つかっていないわけはないだろうが」


 当然のように言い放つと、店の片隅に視線を向けた。

 視線を追うと、黒髪に黒ローブを着た、凛々しい雰囲気の背の高い美女が席を立ち、薄笑いを向けならがやってくる。


「レイブンだ。あんたと違って、本物の魔術士のな」


 視線を並べて女魔術士――レイブンは言った。


「そんで、あたしの彼女ってわーけ」


 言いながら、ユリシーは軽く体当たりをするようにレイブンにもたれかかった。レイブンは応じるようにユリシーの肩に腕を回し、丸い頬に唇を触れさせる。


「か、彼女!?」


 これにはライズも度肝を抜かれた――まぁ、先ほどから驚いてばかりなのだが。


「ちなみに私はクレッセンと付き合っている」


 出し抜けにシフリルも言ってきた。視線でクレッセンに確認すると、金髪の神官は頬を染めて控え目に頷いた。


「…………いつからだ?」


 馬鹿みたいに口を開き、たっぷりと茫然としてから、ライズは聞いた。


「半年前からだ」


 淀みなく答えるシフリルの言葉に、ライズの中で全てが繋がった。


 実の所、そのような気はしていた。二人が付き合っていたという話ではない。雪月花の解散――というか、追い出される事についてである。


 正確な時期は分からないが、大体そのくらいの頃から、三人との関係がギクシャクし出していた。仕事の後の宴や、休みの日に一緒に過ごす頻度が減り、最近は全くと言っていい程なくなっていた。年頃の女三人である。同性だけでつるむ方が楽しいのだろうと気にしないふりをしていたのだが――どうやら、ライズが思っていた以上に仲良くなってしまったらしい。


「本当に気づいてなかったんですか?」


 呆れるというよりは、驚きをこめてクレッセンが聞いた。


「……全然」

「はぁ~! これだからライズは! 本当、そういうとこだよ!」


 こちらは本当に呆れて――話にならないという風にユリシー。


「そう言ってやるな。男なんかみんな、ヤル事しか頭にない猿ばかりだ」

「ぁん。ここじゃだめだってば」


 レイブンに耳を噛まれ、ユリシーが甘い声を上げて頬を赤らめる。


(……俺はなにを見せられてるんだ?)


 怒りや困惑を通り越して、馬鹿馬鹿しい思いが込み上げる。

 そんなライズに、シフリルは締めの言葉を放った。


「そういうわけだ。ここにお前の居場所はない。完全な邪魔者だ」


 はっきりと、きっぱりと。これ以上ない程明瞭に言ってくる。


「……そうらしいな」


 ライズは肩をすくめた。


「……最後に、言い残す事はありますか?」


 憐みのつもりか知らないが、クレッセンがそんな事を聞いて来た。


「……お幸せに」


 憮然として呟くと、適当に手を振って背を向ける。

 野次馬達の笑い声に見送られ、ライズは店を後にした。

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