第17話 拘束

 「もう!抵抗するな!さっさとやられちゃえ!」


 黒いモヤは一旦鎖の壁の前で立ち止まりジャンプして鎖を乗り越えた。僕は落下してくるそいつを避ける。地面に降りた後もモヤはそのままこちらに向かってくる。目が慣れてきたのか、先程とは違ってその動きを追うことができた。


 モヤは僕の間合いへと入り込み、殴ったり蹴ったりを絶え間なく繰り返す。僕はそれを紙一重で回避した。それも全てをだ。自分でもここまでの動きができることに驚く。


 「なんで当たらないの!じゅりあのとっておきの奥の手なのに!!」


 じゅりあちゃんはかなり興奮しているようだ。結構な距離があるものの、彼女の息が上がりつつあるのがわかる。視力……いや、感覚が研ぎ澄まされている。


 「身のこなしはまぁ上々……でも、防御と回避だけじゃ勝てないわ」


 早希はつぶやくようにそう言った。今の僕にはその言葉も一言一句違わずに聞き取れた。


 攻撃……か。できればじゅりあちゃんのような小さな女の子を傷つけたくない。いや、たとえ相手が屈強な男だったとしても、僕は攻撃するのを躊躇うと思う。


 僕は攻撃を回避しつつ妥協案を思いついた。思ったとおりにそれが実現できるかは未知数だが、頭の中で具体的なイメージを膨らませ、拳に神経を集中する。


 「ごめん!痛くはしないから!」


 渾身の力で殴った。拳はモヤを突き抜けて止まる。どうやらこいつには物理的な攻撃は通用しないらしい。しかし問題はない。僕の目的はこいつに物理的なダメージを与えることではない。


 僕の拳の先から無数の鎖が飛び出し、モヤを雁字搦めに縛り上げる。やはりそうだ。この黒いモヤには実体がなかった。物理的なダメージが通らないのは納得できる。なら何故こいつは僕に近接攻撃を仕掛けたのか。


 推論だが、この黒いモヤに限らず『異形』はその使い手の意志をあらゆる物理法則や概念を無視して実現できるのではないだろうか。だから僕の身体からは質量を無視した鎖が生み出され、早希は全く同じ空き缶を二つその場に存在させた。


 黒いモヤ、もといじゅりあちゃんのアリスは、自身は実体を持たないまま相手にのみ攻撃を加えることができる『異形』のようだ。ならこちらも、常識をすべて捨て去ってただ自分の意志のみを具現すればいい。


 「くっ……!アリス!何やってるの!?抜け出して!」


 「そうはさせない。君の『異形』は僕が拘束した。もうやめにしてくれ」


 鎖は無制限に出し続けることはできない。なんの考えも無く相手に向かって伸ばしても、『異形』を使う者に当てることは難しい。だからせっかく強化された肉体、とりわけ拳で殴るのと同じ動作で回避不可能な距離で鎖を全力で開放する。作戦は成功した。

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ハッピーチェーンロック 皆藤ユキ @kaitoyuk

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