第14話 探索

 僕と早希は図書室を後にし、二人で昨日学生が襲われたという神社へ向かった。


 学校から歩いてほんの数分でたどり着くことができ、車道の脇にはパトカーが止まっていた。


 「昨日の今日だから、警察も警戒してるみたいだな」


 「そのようね。見つかると注意されるでしょうから、ひっそり中に入るわよ」


 そう言うと早希は雑草の伸びる脇道に入って行った。僕は慌てて着いていく。


 「たぶんあなたはまだ『異形』を自分の意志で出せない。だからこの神社で、『異形』を見分けられない上に一般人を間違って襲うような『お間抜けさん』を使ってあなたを鍛えようと思うの」


 「それはなかなかスパルタな教育方針だ」


 脇道を抜け、境内に入った。人気は無く参道には警察の進入禁止のテープが張られていた。


 「そういえば、早希も『異形』を扱ってるんだろ?どんな本なのか教えてくれ。あの空き缶を二つに増やしたのは……」


 早希は僕に歩み寄り、額に指を当てる。


 「いい?他人に自分の『異形』を教えれば、その対策を練られる。本が読者によってそれぞれ感じ方が違うように、同じ『異形』でも使う人間によって能力は違うわ。だから、詳しいことはあなたでも秘密よ」


 僕は少し不貞腐れてしまう。早希にとって、僕はまだ信頼に足る仲間ではないのだろうか。


 「でもあなたは特別だから、本の名前だけは教えてあげるわね。私の『異形』は『昨日の世界』よ」


 「『昨日の世界』……ツヴァイクの?」


 「教えてあげるのはそれだけ。我慢してね」


 『昨日の世界』、それはオーストリアの作家ツヴァイクが、自身の半生を振り返った自伝的作品だ。彼の生きた時代は、黄金時代であったヨーロッパが第一次世界大戦で混迷を深めていき、人間の理性に対して人々が絶望していったまさしく激動の時代だった。そしてその後の第二次世界大戦の勃発により、世界に絶望した彼は自殺したという。


 そんな悲しい本もまた、『異形』を産み出しているのだ。それだけこの本に人々が心を動かされたということだ。だが、それが空き缶を二つに増やすこととどんな関係があるのだろうか?


 これ以上聞いても早希は何も教えてくれないに違いない。僕は諦めてこの神社で彼女の特訓を受けることにした。


 少し強い風が吹き、境内の木々が揺れる。すると、ドサッという音と共に小学生くらいの小さな女の子が落ちたきた。


 「その登場の仕方は、カブトムシみたいだからやめたほうがいいわよ」


 早希が女の子を見て笑う。女の子は恥ずかしそうに服の埃をパンパンと叩いて払った。




 

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