第8話 教導
「あの、そんなに危険な本ならお譲りしますので……僕はもう帰ってもいいですか?」
「それで済むなら苦労しないわ。君はあの本とすでに繋がってしまった。残念だけど、もう今までの日常には戻れない」
「そんな……」
「君が協力してくれるなら、悪いようにはしないわ。私が君の安全を保障してあげる」
早希さんは僕の手を取ると、路地を進んだ。僕はただ、彼女について行く。
「あの……どこへ行くんですか?」
「君がここに来た理由、お探しの書店に連れて行ってあげるのよ。あそこは私の顔馴染みのお店なの」
鞄を少し開けて、中を確認する。『幸せな女の子』はそこにあった。
何度か狭い路地を曲がると、早希さんは足を止めた。目の前にはいかにも怪しい古い雑居ビルが建っている。
「入るわよ」
今にも外れてしまいそうな年代物のドアを彼女がゆっくりと開ける。ぎぃと軋む音が響いた。ビルの中は大垣さんの情報通り、古書店だった。古い木の本棚にはほとんど本が置かれておらず、かなり寂しい雰囲気である。
「善さん、お久しぶりね」
早希さんが店の奥で微動だにせず椅子に腰掛けている白髪の老人に声を掛けた。彼がこの古書店の店主だろうか。善さんと呼ばれた老人は「あぁ」とだけ返す。
「さて、じゃあゆっくりと説明してあげましょうか」
無遠慮に置かれていた椅子に腰を下ろして、早希さんは僕にも椅子に座るよう促した。
「まず君の持ってる本なんだけど、それはもともと私の家で厳重に保管されていた本なの。トラブルがあって、所在がわからなくなっていたわ」
「そこがわからないです。どうして本にそこまでしなくちゃいけないんですか?ただの本じゃないってどういう意味が……」
「本は書いた人の想いを文字にして、場所も時間も超えて伝えることができると思わない?」
早希さんは天井を見つめる。僕は彼女の言葉に共感した。たしかに本は、遠い昔の人の伝えたい事を現代の僕達が知ることが出来る。文字を通して、著者と対話しているようだ。
「本には、それだけ多くの人の心を動かす強い気持ちが込められているわ。それが時に、『呪い』となってしまうこともあるの」
「『呪い』……ですか」
「例えば作者の絶望が読者を自殺させてしまう本や、読者の世界観すら書き換えてしまう本、そういった本はやがて『異形』としてこの世界に受肉するのよ」
「それじゃあ、この世は『異形』で溢れてしまうんじゃ……」
「すべての本が『異形』を産むわけではないわ。本を読んだ読者の気持ちもまた、本そのものに蓄積されていくの。作者と読者が紙の本に込めた念が、『異形』というカタチになるのね」
「わかるような……わからないような……」
いまいち説明に納得はできない。けれど、あの鎖は明らかに超常現象だ。だから今は彼女の言う、本の『異形』のことを信じるほかはなさそうだ。
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