第7話 背反

 意識を失っていたことに気付いたのは、目を覚ました直後だった。時間はそれほど経っていないのか、まだ空は明るかった。


 「やっと起きたわね」


 早希さんの顔が見える。彼女は椅子代わりにさんざん八つ当たりしていたポリバケツに腰を落とし、缶コーヒーを飲んでいた。


 僕はというとそんな彼女とは対照的に、硬いアスファルトを布団代わりに、放置されていたようだ。


 「助けて……くれたんですよね?」


 一応念の為確認する。たしかに僕はあのホストに命を狙われ、九死に一生を得たのだが、今も残るこの全身の痛みは彼女の痛烈な一撃によるものだった。


 「そうよ。私が助けてあげなきゃ、あなたは死んでたんだから」


 「それはありがとうございます……」


どうも釈然としなかったが、彼女の予想外の行動があの男を引き下がらせたとも言える。それよりも、確認したいことはたくさんあった。


 「あの、僕が狙われたのって……」


 「『幸せな女の子』、心当たりはあるでしょ?」


 やはりそうだった。僕はあの本のせいで、こんな危険な状況に陥っていた。


 「でも、わかりません……どうして本一冊のせいで命を狙われなくちゃいけないんですか」


 「その本はただの本じゃないの。私とあいつの会話を聞いて、なんとなく察したんじゃない?」


 早希さんは缶コーヒーを飲み終えたようで、それを袋に入れて鞄の中にしまった。


 「いや、本当にわからないんです。異形だとかなんとか……」



 彼女がこちらへと歩み寄る。僕はようやく立ち上がって服についたホコリを手で払った。


 「く・さ・り!」


 早希さんの白く華奢な人差し指が僕の眉間にトンと置かれた。その指は信じられないくらい冷たくて、全身の毛が逆だった。


 「君の心臓から出た鎖。あれがなんだかわかる?」


 「だからこの状況すべてが僕の理解を超えてるんだって!」


 もう一度眉間に人差し指が置かれる。僕は押し黙ってしまった。


 「大声を出さないこと。私は静かで優雅であることを心掛けているの」


 どの口が言うんだ。とは、口が裂けても言えない。


 「あの鎖は、君が所持している『幸せな女の子』、またの名を『14号異形』の力なのよ」


 「ちょっと待ってくれ……俺の知る限り、『本』っていうのはそんな危険なシロモノじゃないんだが」


 「そうよ。だからあれは、君の知る範囲の外側の『本』……それと」


 早希さんはゆっくりと拳を握り、僕の頭を小突いた。


 「あたっ?!」


 「敬語、忘れないでよね」


 随分と心の狭い命の恩人だ。もしかしたら、あのホストのほうがまだ優しかったかもしれない。



 

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