第6話 依代

 男と早希さんはにらみ合いを続けている。ここで意識を失うわけにはいかない。僕はなんとか目を開いて、二人を見ていた。


 「ダメですよ、こちらは佐方とやり合うつもりないんですから。つまるところ、ここは穏便に済ませられませんかね」


 ヘラヘラと笑ってはいるが、冷や汗をかいているのがわかる。早希さんは男が何を言っても表情ひとつ変えない。


 「『14号異形』は私達の管轄のはず。まずはあなたがどうしてここにいるか説明を手短に、簡潔にしてくれるかしら」


 「しゅう西助さいすけ、悪い評判だけはよく聞くものですから。理由を教えてもらわないと、こちらも安心できないの」


 男が「そんなことか」と吹き出す。ジャケットの襟を正し、髪を整えてようやく早希さんの質問に答えた。


 「あなた方が『14号異形』の管理を怠り、『ライブラリー』は大変お怒りですよ。いくら名家とは言っても、これは重大な失態です。だからこうして、異形の依代にされた少年を救済しようとしていたんです」


 早希さんが悔しそうな顔をした。僕には二人が何の話をしているのかまったくわからない。だが、口を挟む権利は当事者としてあるはずだ。


 「お、おねがいします! 僕がなにかしてしまったのなら謝りますから、どうか! 」


 出せる精一杯の声で懇願する。二人はあ然としている。


 「ふっざけんな!! 」


 早希さんが突然怒鳴り、物凄い勢いの回し蹴りを僕に食らわせた。


 「ぐぁっ……!? 」


 軽く数メートルほど吹き飛ばされる。痛い。あまりに痛くて呻くことしかできなかった。


 「理解できないからって思考を放棄するつもり?! 最後の最後まで悪足掻きでもなんでもして助かりたいと思わないの?! 」


 なんなんだこの人は。つい先程僕に「信じろ」と言ったのに……


 その様子を見ていた男は笑いを堪えきれないようだった。そして僕達に背を向けて歩き出す。


 「いやー、笑わせてもらいました。流石ですよ、まさか助ける相手を蹴り飛ばすとは」


 「待ちなさい! まだ話は……」


 「断言できますよ。あなた達では『14号異形』は手に負えない。その少年も遠からずあの子のように呑み込まれます」


 「あなたのお兄様はそれを許してくださるのか……あはは! 見モノですねぇ」


 男は言いたいことを言うと、また影の中に姿を消した。異様な雰囲気だった路地は、何事もなかったかのように静まり返る。


 「なんだったんだよ……」


 全身の痛みも忘れて、僕は呆然としてしまった。早希さんは男に好き放題言われたことがよっぽど悔しかったようで、その辺に置いてあるポリバケツに八つ当たりをしていた。


 

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