第5話 追憶

 夢、なのかもしれない。


 いや、きっとこれは走馬灯というやつだ。


 今この瞬間、僕はわけもわからないまま、金髪のホストに首を絞められている。


 にもかかわらず、頭の中では暖かい記憶が映画のように代わる代わる映し出されていた。


 ――どうして、戦わないの?


 戦う? 何を言っているんだ?


 ――奪われちゃうよ


 少女の声が僕の中で響く。消え行く視界の先に、小さな女の子が見えた。


 あの本の女の子だった。


 ――私は、こんなのイヤだよ


 僕だって嫌だ。こんなところで、わけもわからず命を奪われるなんて。


 ――じゃあ、助けてあげる


 女の子はそう言うと消えてしまった。そして、心臓がより強く、脈打つのを感じる。


 死んでたまるか!


 「あああぁぁ!!! 」


 力いっぱいに叫んだ。その瞬間、僕の胸から無数の鎖が飛び出したのが見えた。


 「……っ! もう取り込んでいましたか! 」


 男は僕の首から手を離し、信じられないほどの距離を一瞬で飛び跳ね、距離を取った。僕の身体は地面にドサリと落ちてしまったが、胸……正確には心臓から飛び出した無数の鎖が男を追いかけ回した。


 男は鎖を避けるように飛び回る。その動きは人間離れしている。だが、先程までとは違って表情から余裕の笑みは消えていた。


 それが数分ほど続き、僕を中心として周囲は鎖の結界のようなものが張り巡らされた。男もついに逃げ場を失ってしまったようで、とうとう足を止めて立ち尽くす。


 鎖が男を目掛けて四方八方から襲いかかった。だが、あとほんの数センチという距離で、鎖は力を失ってパラパラと崩れはじめる。


 「な……もう少しなのに……」


視界にモヤがかかる。意識がすぐにでも途切れてしまいそうだ。


 「血の使い過ぎ、効率ってものを考えないと」


 背後から声が聞こえた。ゆっくり振り返ると、そこにいたのは昨日、大垣さんの古書店を訪れたあの女の子だった。


 「あんたも軽率なことをしたね」


 女の子は崩れ落ちていく鎖には目もくれずに、ホストの方へ歩いていく。


 「佐方さほうのお嬢様がこんなところまでご苦労さまですねぇ」


 男は息を整え、微笑んだ。女の子はなおも歩き続け、僕の横で止まる。


 「この子、ただの本好きの学生よ。わざわざ異形を目覚めさせるのがあなた達のリーダーのやり方かしら」


 僕は二人のやり取りにまったく入れなかった。意識がぼんやりしているのに加え、話している内容に理解が及ばないのだ。混乱する僕に、女の子はにっこりと微笑んだ。


 「私の名前は佐方さほう早希さき。混乱しているのはわかるけど、今は私を信じなさい」


 早希と名乗った女の子は、男の方へ視線を戻す。


 「あなたを助けてあげます」


 彼女の言葉を、なぜか僕は信じようと思った。








 

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