1-04 人造人間.
「人に、造られた……」
その言葉で、僕の頭にはさっき見た画面が浮かんだ。
アナウンサーが淡々と原稿を読んでいる。確かロボットについて説明していたはずだ。 その後に、片言で話すロボットが映される。 動きもカクカクしていて、自分では思考していないようだった。人に造られた存在という事は、僕はロボットなのか?
いや、でも……。
「それにしては、僕はロボットらしくない」
そうだ。ロボットはもっと人工的で、こんな複雑な思考なんて出来ないはずだ。 僕とは違う。
それでも、さっきのレユニトの手は確かに人間の手では無かった。これも断言できる。
……矛盾している。
「いや、俺たちはロボットではないよ」
レユニトの声には何の感情も込められていなかった。片言ではないが平坦で抑揚もない声。
「俺たちは人造人間だ」
「人造人間……?」
人間によって造られた知能を持つ機械や人工の生命体を指す言葉。
特に、自ら思考出来るものを言う。
口に出すと、頭の中に辞書のような定義が浮かんだ。 いや、もしかして本当に辞書の定義なのか?
「そう、人造人間なんだ。俺も、お前も。リシャスだってそうだ。俺たちは生きてはいないし、死ぬ事もない」
「でも、リシャスはさっき僕に水を飲ませてきたんだ。機械に水は大敵じゃないか」
「ああ、これか?」
ほとんど空になったペットボトルをレユニトが右手で掴む。
「確かにただの機械なら水なんてかけたら壊れる。ただ、俺たちは水からエネルギーを得ているんだよ。燃料電池ってやつかな。だから口から水を摂取する必要がある」
まあ水につかったりしたら流石に壊れるかもしれないがな、と付け加えてレユニトは笑った。 注意して見ているとその笑顔にもどこか固いものがあると気づいてしまった。
「でも……、思考は? 考え方も一から造れるならロボットなんて作る必要はないじゃないか」
もう一つだけ、どうしても気になった。 それでも、レユニトに尋ねながらも僕は、そこにも論理的な理由があるのだろうなと予想していた。
「そう、なんだけれどな」
すぐに答えが返ってくると思っていたのにレユニトは何故か顔を軽く歪めた。
「俺たちの思考や性格は一から造られたものではないんだ。必ずモデルになる生身の人間がいて、その人を真似して造られる」
「モデルの人間がいる……?」
「そうだ。何日か何週間かよく分からないが研究所に閉じ込められて喋り方のデータを採られるらしいな。それを基に俺たちの人格は造られている。つまり絶対に人間を傷つけなければ俺たちは造られない。だから、ロボットみたいに量産できないんだよ」
訥々と語られたその事実はあまりに人間離れしていて、自分達は本当に人に造られた存在なのだと実感した。僕自身も誰か生身の人間の性格をトレースされて出来たのだろう。僕が自分の意志だと思っているこの感情もきっとただの計算だ。
そうか、自分は人造人間なのか。
その事実は妙にしっくりきた。 自分の両手を何気なく合わせてみる。そこにはやはり生身の人間のような暖かさはなかった。
「檻の中から出てきた気分はどうだ?」
不意に、知らない声が紛れ込んだ。 低く艶めいた無機質な声。
ドアの方を見ると一人の男が立っている。少年と言えばいいのか青年と言えばいいのか微妙な感じだ。子供から大人へ移り変わる時期特有の揺らぎがある。長く黒い髪を後ろで束ねているが女性には見えない。上背は高い方だと思う。筋肉質ではないが引き締まった体型をしている。
そして、左腕を白い布のようなもので覆っている。あれは、包帯だろうか?
「カルム。もう寝てなくていいのか」
レユニトがその人に声をかける。そうか、その人がリシャスの言っていたカルムなのか。
「ああ。悪いなレユ兄、ちょっと待たせた」
カルムは僕の前までゆっくりと歩いてきた。目の前に立って僕を見下ろす。その表情には何も浮かんでいなかった。 感情のインストールを忘れたような無表情のまま、カルムは淡々と言葉を紡ぐ。
「トキ、全て忘れているらしいから端的に言う。お前の身勝手な行動のせいで俺は左腕を折ったし、お前のメモリーは抜かれた」
カルムは一旦そこで言葉を切り、僕の肩を掴んだ。その手には黒い手袋がつけられていた。皮でできたそれにしわがよりそうなほど強く力を込められる。
「そして……。何よりもまず、二度はないかもしれないチャンスが不意になったんだ」
「カルム、お前っ……!」
レユニトがカルムを咎める声が聞こえた気がしたけれど、僕の頭には入らなかった。
僕はただ、記憶を失くす前の自分が他人の足手まといになったという事実を飲み込むので精一杯だった。
1-04 人造人間.fin.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます