第16話
理由は分かっていて、『ARROWS』と『YAMA』のメンバー数人が、巴さんが私たちの大ファンだと知っていたからだ。
流石に知っているだろうなとは思っていたのだけれど、ここでやってくるとは。
「隣に座りましょ!」
「私も」
中に入ると、真っ先に巴さんの右に座ったのが翼。そして凜もそれに続き左に座る。
「良いけど、暑苦しくはないか?」
と恐らく一番汗をかいていそうな巴さんが心配の言葉をかける。
「いえいえ、そんなことはないですよ?」
とかいってもっと密着する翼。この数時間の間に、これだけ急接近しても受け入れてくれる優しい先輩だと判断したらしい。アイドルファンとして、誰しもがうらやみそうなことを堪能している。
そんな翼とは対照的に、何も言わずに密着しているのが凜。凜は巴さんの事を非常にカッコいい女性だと思っているらしく、より巴さんを知るために近づいていた。
「なら良いが」
そんなカッコいい先輩である巴さんはにやけそうになる口元を必死に押さえつけながら、冷静なフリをして対応していた。
今巴さんの膝に私が座りに行ったらどんな反応をするかしら。流石に頑張っている巴さんに酷だからしないけれど。
「巴さん、趣味ってなんですか?」
ふと翼が質問をする。
「スポーツ等体を動かすことだな。毎朝ランニングをしているし、暇があればテニスをすることが多いな」
確かに体はキチンと締まっていて、いわゆるアスリート体型と呼ばれる体つきをしている。
「だからこんなにスタイルが良いんですね!」
翼は巴さんのお腹や腕を撫でまわす。それ以上は危険だから!やめてあげて!
「なるほど。私もやってみようかな」
巴さんの言葉を聞いた凜は、毎朝ランニングをすることを心に決めた様子。
「今のま…… なら次会う時は一緒に走ったりスポーツをしたりしないか?」
今のままでも十分に可愛いからやらなくても良いんじゃないかって言いかけたわね。鍛えて今の魅力が落ちてしまったらと思ったのかしら。
でも今度会う約束を取り付ける方に天秤が傾いたみたい。
「私も参加したいです!」
「私も」
翼が乗っかったので私も流れに乗った。
「良いぞ。人が増えれば増えるほど楽しいからな」
ここではしていないけれど内心ガッツポーズなんだろうなあ。
「逆に3人の趣味ってなんなんだ?」
今度は巴さんから質問が来た。
「アイドル鑑賞です!いつも巴さんの事見てます!」
流石翼。趣味を伝えつつ巴さんにアピールをしている。表情は変わっていないけれど巴さんにはかなりのダメージが入っているわ。
「私は漫画を読んでいる。少年ジャンはが特に好き」
あなたそういうのが好きだったのね。カッコいいものに憧れる理由が何となくわかったわ。
「アリスは?」
呑気に聞いていると私にも質問が飛んできた。
「えっと……」
魔法研究が趣味です!って言いたいのだけれど、この世界ではそんなことしていないし。
強いて言えばこの世界の事柄を色々調べることかしら。でもそれは少し変よね……
「歌ですね」
一応アイドルとしての特技の一つだし、そこそこ好きだから通るでしょう。
「そうか、参考にするよ」
イケメン特有の爽やかスマイルを見せる。
翼さんはそれに打ち抜かれたような反応を見せ、わざとらしく巴さんにもたれかかる。
こういう所はちゃっかりしているわね。
その後も他愛のない会話をして、観覧車を降りた。
再度全員が集まったタイミングで、閉園のアナウンスが鳴った。
「まだまだ居たいけれど時間か~」
「また来たいですね!」
「そうだ、連絡先の交換しようよ!」
というわけで全員と連絡先の交換をすることになった。
「じゃあ何かあったら連絡してね!」
「「「はい!!!!」」」
ということで、アイドル3組による遊園地巡りは幕を閉じた。
その夜、家に辿り着いた私は巴さんに連絡をした。ライブの時に助けてもらったことのちゃんとしたお礼のためだ。
連絡を送ってから30秒ほどで既読が付き、5分後に返信が来た。
『別に気にしなくても良い』
簡単な返事ではあったが、ものすごい葛藤があったことが分かる。
ただ、あれだけのことをして貰ってお礼をしないのは天才として名誉に関わってくるので、何かさせて欲しいとお願いをする。
すると、再び5分ほどかかってから返信が届く。
『ならアリスの力について教えてもらいたい』
分かりました。なら今度会いましょうと返信した。
その1週間後、私の方が近くに来る機会があったので早速二人で会うことになった。
「来てくれてありがとう」
「いえいえ。この前は巴さんが来てくれたわけですし」
「そう言ってくれると助かる。なら早速本題に入るために来て欲しい場所がある」
私は巴さんに連れられ、見知らぬ場所へと辿り着いた。
「山奥ですね」
辿り着いた場所は、イメージされる東京とはかけ離れた何もない大自然だった。
「ここなら何やっても見つからないだろうしな」
魔法を使うため気を遣ってくれたらしい。
「確かにここなら何しても大丈夫そうですね」
一番近くの建物はここから数キロ離れている民家。たとえダイナマイトで山を爆破したとしても発見まで二日くらいはかかりそう。
「それではお願いがある。魔法を教えてくれ」
「えっと、巴さんも相当に強くないですか?それに、私と実力は大差ないと思うのですが」
この間の戦闘を見る限り、私と実力に大差ないように思えたけれど。現時点では。
「実力は単に私の方がアリスよりも魔力が高いだけだ。大したことでは無い」
「それに、私より強かったり進んだ魔法を使ったり出来る方はいくらでもいると思うのですが」
私に負けたとはいえ、この間戦ったアイドルの一人は私よりも明らかに優れた魔法を使用していた。
「確かにそうかもしれないが、魔力の扱いが一番綺麗だったのはアリスだ。前世では大層優れた魔法使いだったのではないか?」
「そうですね。私は前世では最強の魔法使いでしたね」
「そこまでの実力者だったとは思っていなかったが、それなら非常に有難い。師匠になってくれないか?」
ということで弟子その2が誕生した。
「恐らく私が生きていた時代より前だろうから確認するんですけど、何時代ですか?」
「平安時代だが」
「前世の名前は?」
「巴御前」
武器を使用した魔法スタイル、巴という名前から平安時代の人間と予測はついていたのだけれど、まさか本人だとは思わなかった。
前世の名前をそのまま芸名にするあたり危機管理がなっていないというか、現代日本で平和ボケしているというか。
「まあ大体のことは分かりました。得意魔法は何ですか?」
「武器に属性を付与する魔法かな」
所謂エンチャントね。私たちの時代では既にもう使わない魔法だけれど、それは単に武器の習熟が大変なだけで、武器が使えるのならばかなり有用な魔法なのよね。
「ならそれで練習しましょう」
「分かった」
「まずは最低限の魔力使用で発動できるようにしましょう。じゃあこれにエンチャントをして」
私は近くにあった木の枝に魔法を掛ける。魔力耐性を下げるエンチャント。
「その程度で良いのか?ってうわっ!」
軽くエンチャントを掛けたはずの木の枝は爆発した。
「言っていなかったけれど、魔力耐性を極限まで減らしてあります。エンチャントが使える最低限の魔力を超えると爆発しますよ」
「魔力を入れすぎると爆発するのか!?」
「爆発しますね。まあ普通はお目にかかることはなかったでしょうけれど」
基本的にエンチャントが武器にしか使われていなかった平安時代では、人が簡単に殺せるくらいの魔力しか込める必要はない。
人一人倒すためだけに現代のミサイルくらいの威力を武器に込めた所で意味が無いもの。
それなら普通に魔法で範囲攻撃する方が効率は良いのよね。
だから魔法を使用した道具を作り始めた私たちの時代でようやく発見された事実。
確か塩を楽に作りたいと考えた魔法使いが、海水の温度を効率良く蒸発させるためにそこら辺の石に炎のエンチャントを込めようとした時に発見されたのよね。
現代で言えば25mプールくらいの海水を干上がらせるんでしたっけ。今では馬鹿なことをした人だとは思うけれど、正直世紀の大発見だとは思うわ。
「とりあえず何本か用意するから、出来るまでやってみてください」
「分かった」
普通なら雑に魔力を込めるため、かなり苦戦している様子。私が枝を拾ってくるたびに爆発していた。
身体は魔法で回復出来るけれど、服はそれに反してどんどんボロボロになっていく。
露出度が上がっているものの、巴さんは気にすることなく木の枝に魔力を込め続ける。
この様子が見つかったら確実に事案よね……
来週の週刊誌あたりに実は付き合っている!?山奥で二人のアイドルが秘密の逢瀬?とか書かれるわね。まあ見つからないように周囲はちゃんと警戒しているけれど。
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