第11話

 その日から数日後、無事にチケットは完売していた。


「すごいよすごいよ!結成一年目のグループが1000人の箱を完売って!それもライブの1か月以上も前にだよ!」


 翼が興奮していた。アイドルを目指す他の人達の状況を一番知っているため、凄さをよく知っているのね。


「ここまで注目されたのなら頑張らないと」


 凜も気合が入っていた。


「ならその勢いで一気に持ち曲を増やそうか!」


「当てはあるんですか?」


 大原さんの提案に質問する秋。


「勿論あるに決まっているよ。今回依頼するのは、ボカロPの方々だ!」


「ボカロPって二人は大丈夫なんですか?」


 私は心配して大原さんに聞く。


 歌を歌う職業になったので、最近流行りの曲を勉強している中でボカロを知ったのだけれど、どの曲も人間にとって優しいものでは無かったわ。


 やたら早口でアナウンサー並みの滑舌を求められたり、バカみたいに音域が広かったり高かったりと、人間用では無いわ。


 私の場合はこっそり魔法を使うことでごまかしが出来るけど、二人は使えない。


「それは大丈夫。依頼する予定のボカロPの大半は君たちのファンにするつもりだし、そうじゃない人達も比較的歌いやすい曲を作る人を選定済みだよ」


 そう言って名前と代表曲が描かれたリストをホワイトボードに貼る。


「確かに歌いやすそうな曲を作る人達ね」


「現状反対する人もいないようですし、第一候補を決めましょう。この中に好きなボカロPはいますか?」


 森川さんが私たちに聞く。


「私はよく分からないから聞いてからにするね!」


 ボカロについてあまり知らない翼はリストの写真を撮った後、別室に移動した。


「私はこれ」


 凜は迷うことなく一人を決めた。BAJITOFUという名前のボカロP。代表曲は『泡沫と睡蓮』。私たちのファンとしてピックアップされたボカロPだった。


「凜ちゃんは知っているの?」


 秋は凜に質問した。


「いや、知らない」


「ならどうしてこの人なの?」


「かっこよかったから」


 難しい漢字の曲名とことわざモチーフの名前。確かに凜なら好きそうだ。


「なるほどね。可愛い」


 秋は凜の背後に素早く回り込み、抱きしめつつ頭を撫でていた。


「アリス君は?」


「私はこの人ですかね」


 私が選んだのはミツキP。今ノリに乗っているボカロPで、代表曲は先日投稿された『fraud』。


「一応人気だから入れていたけど、正直選ばれるとは思っていなかったよ」


 私の選曲に大原さんは驚いたようだ。


「今までの曲は基本的にアイドルだから可愛くて元気なものが多かったので、1曲くらいかっこよさに寄せたものがあっても良いと思いまして」


 ライブの最後の曲として入れられたら観客を大いに驚かせられると思うのよね。


 凜が選んだボカロPは名前だけはカッコいいけど曲自体は可愛い系だものね。


「確かにそれは面白いね。後は翼君だね」


「決まりました!この人です!」


 それから30分後、曲選びが終わったようでこちらに戻ってきた。


 翼が選んだのは通称ドグウと呼ばれる有名なユニットだ。『世界は恋に満ちている』が代表曲の、ひたすらに可愛らしく元気が出る曲調が大きな特徴だ。


 アイドル好きな翼らしい選曲ね。


 それから追加で何人かを全員で選出した後、森川さんがそれぞれに向けて作曲の依頼をした。



 結果半数以上の方々からOKの連絡を貰ったようで、曲作りの打ち合わせに入っていった。


 とは言っても私たちが参加したところで何にもならないことが目に見えていたので、基本的には大原さんと森川さんが請け負ってくれていた。


 一月後、続々と完成した曲が事務所まで届いていた。


「早く聞いてみよう!」


 私たちは翼に催促され、試聴会となっていた。


「おお……」


「これを3人が歌ってくれるんだ……」


 届いたどの曲も完成度が非常に高く、完全に私たちが歌うように調整してくれていた。


「まあ僕が作曲家達と話し合いながら調整に調整を重ねたものだからね!もっと僕を称えて!」


「大原さんじゃなくて作曲家の方々が凄いんですよ。あまりうぬぼれないでください」


 調子に乗っていた大原さんは森川さんに頭をしばかれていた。


 実際凄いのは作曲家だけど大原さんもそれはそれで凄いのだろうけど。


 私たちは早速届いた曲の練習を始めることになった。



「ここはもう少し高いかな」


「もう少し元気よく歌おう」


「クールに」


 事務所の全員で試行錯誤をしながら、1曲1曲と覚えていった。




 2カ月で15曲も覚えないといけないので非常に大変ではあったが、どうにか全てを形にすることが出来た。


 会場でのリハーサルも入念に行い、本番当日を待つだけとなった。


 そして本番当日、私たちは会場に到着した。


 開催は4時間後なため、客は一人も居なかったが、私たちの為に用意された会場を目にすると若干の緊張はある。


「どうしようどうしよう。本番だよ三人共」


 しかしそれは秋がいつも通りであればの話。大きな会場をたった3人で占拠するという初めての事柄に一番緊張していた。


「大丈夫。私たちはアイドルだよ!」


「心配しなくても成功は確実。この程度私たちには造作も無い」


 小さなものではあるが、イベントをたくさんこなしてきた二人はすっかり場慣れしており落ち着いた様子を見せていた。


「とりあえず楽屋に入ってONOでもしようよ」


 本番当日にも関わらず呑気な翼の提案により、時間まで楽屋で遊んでいることに。


「はいそこONOって言ってない!」


「しまった!」


「私は上がり」


「負けた……」


 4人で楽しくONOで遊んでいると、不審な反応があった。


 魔法使いが10人以上も?


 それが1個とか2個とかなら別におかしくもない話だが、この数は明らかに異常だった。


「ちょっと外行ってくる」


「分かった」


「すぐ戻ってくるよね?」


「大丈夫。ちゃんと時間には戻ってくるから」


「いってらっしゃい」


 私は念のためにその場へ向かう。何事も無ければ良いけど……


「なるほどね」


 着いた場所に居たのは全員女の子だった。


『YAMA』の3人みたいに私たちに好意的な人達が応援に来てくれたことを期待していたのだけれど、その場に居た『loveshine』のメンバーがそれを強く否定している。


「何の用ですか?」


 何となく理由は察しているけど、一応聞いてみる。


「分かるでしょ?応援しに来てあげたのよ。可愛い新人の初ライブだからね」


『loveshine』のリーダーは私を心底舐めた目で笑う。


「応援で人避けの結界を貼るんですね。最近の応援は凄いです」


 アイドルの一人が周囲30mくらいに人が入らないように結界を貼っていた。


「たった一人なのに生意気な口を利くのね。流石だわ」


 私の皮肉に少々怒りを見せながらも、しっかりと煽り返してくるリーダー。


「んで、他の皆さんはどちら様?」


『loveshine』以外の人たちとは会ったことが無い。『loveshine』が中心にいないあたりそこそこ有名なのかもしれないけど。


「私たちを知らないの?『祭ラブ』と『4シス』のメンバーなのに?」


「まったく存じ上げませんね」


「よくそれでこの業界に入ってこれたわね」


「私は天才だから」


 そこそこ人気なのだろうけれど、トップスターでもなければ私が知る由は無いわ。


 それに、『loveshine』と仲良くしている方々だ。この人たちもそこら辺で燻ぶった結果他人を蹴落とすのが趣味の残念な人間に落ちてしまったのでしょう。


 まあ、元々そういう人間性だから成功しなかったのでしょうけれど。


「新人の癖に本当に生意気ね。やっぱりちゃんと潰してあげないとね」


 最早隠す気も無いらしい。私を完膚なきまでに叩き潰してしまえば外に漏れることは無いとでも思っているのでしょう。


「嫉妬ですか?お肌に良くないですよ。それだからその年になっても私に知られていないんですよ」


「新人の癖に急激に勢いが増してきて生意気だなって思っていたけれど、性格もどうしようもないわね」


『祭ラブ』と『4シス』のどちらかのメンバーがキレた。


「さっさとやってしまいましょう」


「そうね」


「それが良いわ」


『loveshine』のリーダーが他を促したことにより、戦闘が始まった。

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