第一章 アリアを導く星

1.1 職業案内

 アリア=ホワイトフローラは、昔から争いが苦手だった。

 職選びの儀で神様に冒険者として選ばれてしまっても、戦いたくないという気持ちが強かった。


「戦わなくてもいい職業ってないですか?」


「バカなの?」


「ひどい!!」


 誠意だけは伝えようと職業案内をしてくれるギルドにやってきたのに、案内嬢の格好いいお姉さんは煙草をふかしながらキッパリ言い切った。


「戦わなくていい職業がないなら、私は無職になるしかない……。そうなったら金欠? 物乞い? 餓死!?」


「早まるんじゃない。少し診断してあげるから」


 煙草を置いて、お姉さんが向き直る。

 気品を保つためか度が入っていなさそうな眼鏡の奥から見つめられて、アリアは心を掴まれた気がした。

 この人はきっと、性格まで格好いい素敵な女性だ。


「診断は嫌かな?」


「お、お願いします!」


「ふむ。キミは見たところ、先日の選定式で冒険者に選ばれたクチだろう? 適正があるのにどうして戦いたくない?」


「昔から、痛いのとか、傷つくとか、自分でも他人でも苦手なんです」


「それなら、治癒魔法ヒールが使える聖職はどう? 教会に行けば話を……」


「傷つくのが嫌なんです!」


「では騎士という手もある。重鎧の扱いは難しいが、王立ギルドの直属になるから待遇はいい」


「前に出て攻撃を受けるなんて無理です!」


「……じゃあ召喚術か、獣や魔物を使役する狩人系の職業という手も」


「なんで他の子に傷つけさせるんですか! 人道に反します!」


「えぇ……」


 頑なに拒否を続けるアリアに、受付は眉間に指を当てる。


「ど、どうでしょうか? 何か私に向いてるのはありましたか?」


「やっぱりバカなの?」


「ええぇっ!? なんでぇ!?」


「逆に今の質疑応答のどこに適正があったと思うの。いい? えーっと」


「アリアです! アリア=ホワイトフローラ」


「アリア。戦わないにも色々あるけれどね――キミの場合、戦場に立ちたくないというレベルだろう。それなら顔は良いんだからいい旦那でも見つけて家庭を持てばいい」


「それじゃ神様のご意志に逆らうことになっちゃいます! っていうか、顔がいいって言いましたかっ?」


「そこ拾うのか。能天気な子だな」


「憧れの人に顔がいいなんて言ってもらえると嬉しくて……えへへ」


「今日知り合ったばかりでしょう……」


 他人とお喋りが出来て楽し気なアリアに対して、案内嬢は大きくため息をついた。

 近くを通った同僚が苦笑いをしたのを見かけて、彼女も困ったように頬を持ち上げる。久々に問題児が来たものだ。


「……分かった。キミにぴったりな職業を教えるよ」


「ぴったりなものがあるんですか? どうして最初から紹介してくれないんですか!?」


「あまり薦められたものじゃないの。一人では何の力もないから、通常のパーティならまず入れようと思わない。それにお金もかかる」


「お金……」


 アリアにとって金銭的問題は切実だ。田舎暮らしで物々交換が主流だったため、働いた対価に得られるのは食材が主だった。

 通貨さえほとんど見たことのないアリアには、選定式に際して国より与えられた冒険者基金が全て。


「一応紹介するから、ここに行ってみなさい」


 案内嬢に渡されたメモ書きを、アリアはまじまじと見つめた。

 そこに書かれた職業ギルドは街のはずれで、歩いていけば数十分はかかる。

 歩くこと自体は嫌いではないが、迷うのが不安だった。


「ありがとうございました。頑張って行ってみますっ」


「ええ、頑張って……どうしたの?」


「あの……お名前、教えて欲しいです」


「あぁ、すまない。大抵数分で話が終わるから名乗ることもなくて。私の名前はサクラ。サクラ=アサガミ」


「サクラ、さん……」


 聞いたことのない名前。外国の名前だろうか。

 けれどなんだか温かくて、綺麗な響きだとアリアは思った。


「また会いに来ますね! サクラさん!」


「また来るとしたら転職の時だろう。私は出来ればそうなってほしくないね」


 大きく手を振って、アリアは案内所を出ていく。

 サクラは一息ついて、短くなってしまった煙草に手を伸ばした。


「大変だったねー。今の子、外に出たらすぐ死んじゃわない?」


 同僚が隙を見て話しかけてくる。サクラの気苦労を楽しみつつも、アリアのことを傍目に心配しているようだった。


「ふー……。確かに、神に選ばれたのに素質の皆無な面白い子だった。けれどね、案外ああいう子が誰より生きるもんだよ」


「へー、見えないけどねー。サクラって人を見る目はいいから、本当にそうなるかもね」


「見る目“は”……ね。悪口言ったら昼食奢り」


「うわ! しくったー」


「さて仕事。次の冒険者来るよ」


「はーい」


 同僚が席に戻ると、大理石の廊下を歩く革靴の音が聞こえた。底のすり減った足音で、サクラは次に来る人間も金に困っているだろうと予測する。


「あの子……」


 扉が開かれ入ってきたのは、予想通りの貧相な恰好をした少年だった。自分と同じ、東方の出であることも感じ取った。

 だがそれよりも、サクラは彼の持つその気配に目を細める。


「アンタが案内嬢?」


「えぇ、そうだけど。随分粗雑な挨拶ね」


「別に、長居するつもりはない。職業だけ知りたい」


剣士ブレイダーね」


「……なに?」


 質疑応答もなくサクラは断言する。

 そのままギルドまでの案内を書き始めたのを見て、少年は少しだけ狼狽えた。


「キミの適正は剣士だよ。しかも並みの才能じゃない」


「見ただけで分かるのか」


「私の目は特別なんだ。“視ること”に特化している」


 アリアのようによほど自己意志が強いものじゃなければ、簡単に視ることができる。これはサクラの持つ稀有な能力であった。


「はいこれ。剣術は流派があるから、王立に1ヵ所と民営、いくつかの種類にギルドが分かれている。全ての場所をメモしたけれど、キミの場合全部回った方がいいだろうね」


「どうして?」


「いずれ全てを覚えることになるからね」


「ふぅん……」


 少年はメモ書きを見て数秒見つめ、適当な目星をつけると雑に折り畳んで入り口の方へと向かって歩きだした。


「待って」


「何。もう用はないけど」


「キミの名前、教えてくれないか?」


「……ユキ」


 そう名乗った少年のことをサクラは絶対に忘れることはないと思った。

 彼は駆け出しで死なない限り、絶対に名を知らしめる存在になるだろう。

 彼女の持つ『眼』が、そう訴えかけるのだから――。

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