1.2 星魔導士と英雄の兆し

 ――ネロ・ヴォールデン神聖王国。その城下街。

 総人口10万近いとも言われる巨大都市。


「やっと着いたー。ここが私の職業ギルド兼宿舎……」


 広い街の中心部からは遠く、クエストを受けられる総合冒険者ギルド『酒場』に辿り着くのも一苦労だった。

 それでも、神に選ばれたからにはこの職業で生きていかなきゃならない。


「お邪魔します――」


 手入れされていないのか軋んだ音を立てる硬いスイングドアを押して、屋内へと入る。

 人気のないエントランス。カウンターには誰もおらず、不気味にガスランプの火が揺らめいていた。


「あのー……誰か、いませんかー」


 ……。


 無反応。


 仕方ない、とアリアは大きく息を吸う。


「あのおおおおおおおっ!! 誰かいませんかあああああっ!!!」


「おわっ! どわわわわわわわ!」


 男性の叫び声の後、カウンターの奥にある扉の向こうから金物やら本が盛大に崩れる音がする。

 見えていない向こう側でどんな惨状になっているのかを想像して、アリアは身震いした。


 それから少しして、ぎぃっ、と音を立てて扉が開き、奥から声の主と思われる男性が出てくる。

 灰色髪で爆発したようなくせ毛の、細身で背の高い男性。

 整っていそうな輪郭を無精ひげで覆った彼は、頭を押さえながらこちらを睨みつけた。


「ってぇ~~……。おい、昨日質で買った安モンの客用カップが割れちまったじゃねぇか」


「ご、ごめんなさい! あまりに出てこないから寝てるのかと……」


「当たり前だ。客なんて滅多に来ねぇし入居者もいねぇから寝てるか研究する以外ねぇんだよ。起こされたら迷惑だろ」


「えー……迷惑」


 サクラが薦めたくないと言っていた理由の一端をアリアは垣間見たような気がした。

 眠そうに目を擦るこの人はおそらく、ダメ男、と呼ばれる部類の人間だ。


「で。お前は何の用だよ」


「あ、えっと――……」


 今更になって不安になってきてしまう。本当にここを選んでいいのだろうか。

 しかしアリアにはここしかない。この場所でしか職を得られない。


「きょ、今日からここでお世話になります! アリア=ホワイトフローラです! よろしくお願いします!」


「ここで? つまり、このギルドに入りたいっつーことか?」


「は、はい……ダメでしょうか?」


「なんで入りたい」


「戦いたく、ないから……?」


「ふむ……」


 男性はアリアを値踏みするように眺め、髪と同じ灰色のあご髭を撫でた。


「アリアつったか。俺はナインだ」


「ナインさんですね! よろしくお願いします!」


「ちなみに、紹介人は?」


「サクラさんに……」


「チッ、あいつか……目だけは確かだからなぁ……」


「えっ! サクラさんとお知り合いなんですか!?」


「ああ、昔ちょっとな……」


「昔、ちょっと!? なんですかその甘酸っぱそうな雰囲気は!」


「お前、うるさい上に図々しいな」


「えへへ。元気だけが取り柄なので……」


 褒めてないが、とぼやいてから、ナインはカウンターに置いたギルド名簿を眺め少しの間思案する。

 そして意を決し、アリアに向き直った。


「分かった。アリア=ホワイトフローラ。お前を俺が統括する――星魔導士マテリアシーカーギルド『星の始まりステルライト』のメンバーとして認可する」


「わあぁっ! ありがとうございますっ! 星魔導士……どういった職業なんですかっ?」


「知らねぇで来たのかよ……。ちょっと来い」


 そう言って扉を開き、ナインは奥へと手招きした。

 先ほどの大きな物音を思い出してアリアは渋い顔をするが、彼は師匠マスターになるのだから、従うしかないのだろう。

 深呼吸を1つして、アリアはドアノブに手を掛けた。


 ―――。


 室内は、想像していたよりも数倍ひどい状態だった。

 何に使うのか分からない大量のガラクタがあちこちに積み上げられ、中央に置かれた大きなテーブルには魔法陣の書かれたクロスと、バラバラになった金属片が散らばっていた。


「わわわ……お部屋がひどいことに。ごめんなさいっ! 私のせいで色んなものが壊れてしまって……」


「うん? あぁ、別にさっきのでこうなったわけじゃねぇよ」


「え? じゃあどうしてこんな有り様に?」


「最初からだよ! 素直なのはいいが率直すぎるとパーティ組むとき大変だぞ。特に星魔導士なんてマイナーな職に就いたからには、愛想よく行儀よくが基本。覚えておけ」


 絶対に自分のことを棚に上げている、とアリアは思った。

 サクラも大概不愛想ではあったのだが、彼の場合は加えて適当さがこの部屋と態度に表れている。


「この……ガラクタは何ですか?」


「ガラクタじゃない。これらは星界遺物せいかいいぶつという、貴重な研究材料だ」


「せいかい……遺物?」


「簡単にいえば他の世界からやってきた“何か”だ。あまり知られていないことだが……時折、ここではないどこかの『異世界』から物体が飛ばされてくる。この職業はそういった遺物を研究し、触媒である星魔導具マテリアーチへと変化させるのが仕事」


「じゃあつまり……学者さん、ですか?」


「近いが、本ばかり読み漁ってる王宮の学者とは違って肉体派だぞ。基本的にどこに星界遺物が現れるかの傾向は決まってない。森に現れたり、噂じゃ王室で急に人間が登場することもあるらしく、足を使った研究職だ。加えてこの仕事は異端扱いでな、旅費や加工に金が掛かるわりに資金が出ない」


「ええ!? 資金が出ないんですか!?」


「食いつくとこがそこかよ……」


 基本的に職業ギルドの運営は国からの援助金で成り立っている。

 その資金の額は所属している冒険者たちの功績によって引き上げられ、人数が多く評価の高いギルドはそれだけ待遇もいい。


「だからつまり、資金が出ないということは、この建物を運営維持するためのお金が出てないってことじゃないですか!」


「あー、いつお取り潰しになるかも分からねぇな。言っとくが無料で泊まれると思うなよ。宿泊代はきっちりもらうぞ」


「えぇ……!! あの、今は、どうやって維持してるんですか……?」


 聞くのも怖いけれど、恐るおそるアリアは窺う。


「踏み倒しだが。さっきもやっただろう」


「やっぱり……! というか寝たふりだったんですか!!」


「うるせぇな。ほら、デモンストレーションやるぞ」


 ナインはあっけらかんと言ってのけ、ガラクタの山から一つのランプを取り出してアリアに手渡した。


「最初だからな。手始めにはこのくらいがいい」


「これは?」


「まぁ、一見するとランプだな。ランプの機能自体も備わっていることは間違いない。だがこれは俺が星魔導具に仕立て直した、特殊な能力がある」


「特殊な、能力……」


「それの取っ手に手を掛けて、こっちの蝋燭に向かって【燃える針-二等星シャウラ・ステラ】と唱えてみろ」


 ナインは、テーブルの上に散らばっていた金属片をクロスごと床に放り出しながら、代わりに蝋燭を置く。


「私、魔法なんて使えませんよ」


「扱いは難しいが、こいつに魔法の才能はいらない。勝手に力を吸うからな」


「そうなんですか。私が、魔法を……」


 アリアはどんな魔法なのだろうと考える。蝋燭に向かって使う魔法なら、やはり火を灯すような術だろうか。


「厳密には魔法じゃねぇが……いいや、やってみな」


「は、はいっ!」


 ナインに促され、アリアはランプを前に掲げた。

 深く息を吸って、先ほど教えられた呪文を頭の中で反芻する。

 そして覚悟を決め、口を開いた。


「【燃える針-二等星シャウラ・ステラ】――」


 自分でも不思議に思うほどすんなりと口から呪文が零れたかと思うと、身体の奥から何か力強いエネルギーが手元に集中していくのを感じる。


 刹那、ランプが青白色の輝きを放った。


 小さな光の粒がランプの中で渦を巻き撹拌していき、やがて輝きは澄んだ空色の液体へと変化した。

 溢れだした液体はとろりと床に落ち、耳か角か分からない二本トゲのあるゼリー状の塊となって蝋燭の置かれた床へ向かって進んでいく。


「何ですかこのプニプニ!? 魔物!?」


「まあ見てろ。ここからが面白いんだ」


 空色のプニプニはテーブルの下に辿り着くと、困ったように震えた。

 テーブルの脚にしがみつき、何度か登ろうとしては転げている。

 それを笑いながら見ているナインの意地の悪さに気づいて、アリアは頬を膨らませた。


「ひどいじゃないですか、この子が登れないのを知ってて蝋燭をテーブルに置いたんでしょう。助けてあげますからね」


「触るな! トゲに触れたら火傷じゃ済まないぞ!!」


「えっ!?」


 手を伸ばしかけていたところを怒鳴られて、アリアは思わず飛び退いてしまう。


「本当はもう少し眺めてるつもりだったが……まぁいいか。よいしょっと」


 ナインは蝋燭を拾い上げ、プニプニに向かって放り投げる。

 プニプニがトゲで蝋燭に触れると、それは一瞬燃え上がったかと思うと蒸発してかき消えた。


「蝋燭が消えた……溶けた?」


「いや、気化した」


「き、キカ?」


「そうか。お前、田舎の出か。気体……つまり空気のようにごく小さな物質になったってことだ。鍋の水に火をかけると沸騰して蒸発するのと同じ」


「あっ! 湯気!」


「そういうこと」


 アリアは辺境の村で育ったため、勉学というものに疎かった。

 特に難しい言葉は実生活にあるもので例えてもらわないと分からない。


「そいつの特性は熱の保存と伝導。計測魔法によると表面温度は20度だが、トゲの内部には2万度を超える熱が蠢いている」


「に、ににに、2万!? それって、どれくらいですか!?」


「よく魔導士ギルドの初級魔法で使われる炎が1000から1500度ってとこだ。中身が解放されたらまず辺り一帯が全部蒸発するな。いや……下手したら世界滅亡かもしれん! あはははは!」


「笑いごとじゃないですよ! そんなに危ないならどうして使わせたんですか!」


「安心しろよ。これは『星霊』といって、星魔導具の核に宿っている霊体だ。こいつには理性も力もあるから、下手なことしなきゃ絶対に安全だぞ」


「最初から下手なことをしそうになりましたけど! というか、魔導士より危険な道具を扱うって……」


 今更になって、アリアはここに来たことを後悔した。

 もしかしなくても、この職業は他のどの職業より危うい目に合うことだろう。

 こんな強大な力を操る職業のどこが「一人では何もできない」のだろう。


「う~~……サクラさん、どうして私にこんな職業紹介したんだろう……」


「それなんだが。お前が来た理由聞いたとき、戦いたくないっつったよな」


「は、はい……」


「だからだよ。戦いたがりが星魔導具を使ったら簡単に死ぬ。お前ならビビッて間違った使い方しないだろってあいつも思ったんだろ」


「そもそも扱える気がしません!」


「契約不履行は罰金だぞ」


「詐欺師だぁ! やめれませんんん!!!」


「代わりに二階の部屋はどこでも使っていいぞ。どうせお前と俺しか寝泊まりしねぇし」


「ええっ!! 男の人と2人暮らし!? 宗教上無理ですう!」


「マスターが俺、メンバーがお前しかいないんだから当たり前だろ。不満なら旅行客用の宿屋もあるが……高いぞ」


「宗教上三部屋の間隔が開いてればオッケーになりましたあぁぁ!」


「よし。冒険者総合ギルドへの登録は三ヵ月後だ。その間、ここにある星魔導具全ての使い方を教えてやるからな。あと飯は自分で作れ」


「よろしくお願いしますううぅぅ……!!」


 散々だと涙目になりながら、アリアはやけくそに星魔導士になったのだった――。


 ◇


 ―――民営剣士ギルド『三日月の牙クレセント・ファング


 ギルドマスターは剣戟で人間が宙に舞う姿を、この日初めて見た。

 それも大の大人が、半分ほどの背しかない華奢な少年に投げ飛ばされるなんて。

 両者とも両の腕でしっかりと木刀を握っていたはずなのに、どう力が作用しているのか見当もつかない。

 ユキという少年は何者なのか。


「このギルドの技はだいたい覚えた。随分と格式も高いしアクロバットな技も多いね」


「ま、待ってくれ! 今の身のこなし……私の教える剣術にはない。一体どこで……」


「あぁ。これは剣術じゃないよ。合気道の応用。親父が警官でさ、武道は一通り習ったんだ」


「アイキドウ……? 知らない流派だが、ぜひとも当ギルドで取り入れたい!」


「確かに相性はいいかもね。このギルドの武器は片刃が主だし」


「ならば是非……! 君が望むなら師範代としても歓迎しよう!」


「うーん。ここの人たちからも嫌われてそうだからなぁ」


 特に汗もかかず飄々と練習に混じっていたユキは、すでに所属している面々からの嫉妬や疎外の視線をはっきりと感じていた。

 歓迎されない場所で過ごすのは心身共に健全じゃない。やはり大規模なギルドは向いていないのだろうと嘆息する。


「悪いけど行くよ。ギルドの技はきっちりと俺が受け継いだ。完成系も見えている。きっと発展させて役に立てるから」


「そんな……君ほどの逸材を逃すわけには……!」


「気にしないでくれ。いい剣術だった」


 木刀を近くにいたギルドメンバーに渡し、軽く伸びをしてからユキは入り口へと向かう。


 引き留める言葉がないことを悟って、ギルドマスターは口を噤んだ。

 ユキ少年は「完成系は見えている」「いい剣術だった」と言った。

 僅か数時間の稽古で彼には必要なくなったのだ。このギルドが持つ100年の歴史全てが……。


「あの、マスター。俺追いましょうか?」


 メンバーの中でも精鋭の1人が名乗り出る。しかしマスターは首を横に振った。


「いいか、今の光景は全て忘れるんだ。彼に未来を見せられるギルドはこの国には存在しない。我々は我々の鍛錬をするしかないのだ」


「お、押忍……?」


「ユキ……か。憶えておかなければ、彼のこれからの全てを」


 それは40年近く生きてきた男が初めて感じた、英雄の予感だった。

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