1.軸の世界から見た景色 -4-

僕はレコードに自分の情報を示して見せてやる。

彼らは、一部の文面を見て驚きの声を上げた。


「僕、死んでるのさ。千尋に聞けば分かるんじゃないかな…こっちも大差ないだろうし。死んでからパラレルキーパーになった者は、軸の世界に入ることはできないんだ。本来ね」

「え?」

「一方で俊哲は、レコード違反してパラレルキーパーになったんだ。彼なら軸の世界に介入できる。そして、レコードに申請が通れば部下として僕みたいなのを軸の世界に介入できるようにしてくれる」


僕はそういうと、口元を少し笑わせた。


「だから、君達からすれば歪な関係だ」

「……そうなんすか」


東君は少し…理解していなさそうな表情で言った。


「ま、今言ったことは片隅にでも置いて…僕がこれ食べたら移動しよう…人が来ない場所に案内してくれるかな?」

「来ない場所…教会かな?」

「そう?そこでいいや」


僕はそういうと、レコードに一文書いて閉じる。

そして、箸を持ち直して海鮮丼に手を付けた。


「皆、銀色の注射器を持って来てね」


久しぶりの海鮮ものを堪能した僕は、会計を済ませて"誰もいない場所"へと移動する。

彼らに連れられて小高い山の上に連れられてきた。


「ここ?」


僕はこの季節には厚いジャケットを脱いで言う。

額は少し汗ばんでいた。


「はい…ここの教会、まず人が来ないんで」

「そう…じゃ、始めようか」

「始めるって何を…?」


先頭に立って案内してくれた平本君が僕を見た。


「ちょっとした研修さ。君達、レコード違反者って処理して事ないでしょ」


僕はジャケットからレコードと、彼らの持つ銀色の注射器を取り出した。


「はい…義明以外はないですね」

「なら、今のところはレコードキーパーになってただ暇になっただけ?それも辛いね…」


僕はそう言って注射器を手に持った。


「まず、普通はこの注射器で対象を処理するものなんだ。今回で言えば6軸から5軸に来たような人間の処理をだね、これで行うんだ」


彼らは片手に持ったそれを見下ろした。


「ま、使い方なんて刺して中の液体を入れるだけだから気を付けるも何もないんだけどね!棒を引いたら使った分だけ液体が戻るし…」

「いきなり人に使うんですか?」

「そう、自分の身分証あるよね?それ使えば無抵抗になるから、その隙に」


僕はそういうと、ジャケットに注射器をしまい込む。


「さて…本題はこっちだ」

「本題…?」

「君達はまだ13,4…15歳だろう?…この当時に生きてりゃ僕もそうなんだけどさ」


僕はそう言ってジャケットから黒い物体を2つ取り出す。

レコードに言って、ジャケットの中に出してもらった物だ。


「それって…」

「拳銃。ブローニングM1910…小さな弾だからそこまで扱いにくくない。別に必要もないことだが…これからの事を考えて、今からの仕事はこれを使ってもらうよ」


僕は少し微笑顔を崩していった。

正直、これからの仕事は僕も好きじゃない。


「ここに来たのは基本的な使い方を覚えてもらうためなんだけどね」


僕はもう一度ジャケットの中に手を入れる。

消音器と、替えの弾倉、いくつかの実包を取り出すと、同じように彼らに渡した。


「レコードからの命令が暗殺となる場合があるんだ。すでに俊哲と千尋にはやってもらってるけど、数が足りない。だから君達もやってもらうことになる」


僕はそう言って、ジャケットから自分の銃を取り出す。

今この場にはいない彼女の愛用銃と同じ、ブローニングハイパワーだ。

彼女と違うのは、菊の紋章かメープルマークくらい。


安全装置を外してコックすると、教会の壁に立てかけられたバケツめがけて引き金を引いた。


四人は驚いて身を竦める。

僕も少し複雑な表情を浮かべて苦笑いする。


「久しぶりなのに衰えないものさ、恨めしい」

「その…千尋も…?」

「過去は彼女に聞いてよ」


僕はそういうと、彼等に体を向けた。


「これを使って対象を撃つんだけど…撃たれた対象は死体とならずに、塵となって消える。銃弾もただの銃弾じゃないのさ。僕達専用の改良が施されてるんだ」


「適当に撃つ練習したら、さっさと始めよう。何も、すぐ出来なくたっていいんだ。どうせ死んでも直ぐに起き上がるのだしね!」


そういうと、僕は自分ののど元に銃口を押し当てて、躊躇なく引き金を引いた。


今度ばかりは、前の四人から絶叫が沸き上がる。

一瞬のうちに肉片と血で染まった僕は、驚いた顔を上げた四人を最期の光景として意識を失った。


手を空に上げながら、仰向けに倒れていく。


「復活タイミングも、場所も慣れれば操作できるが…最初はその場ですぐに起き上がっちゃうだろうね」


その声とともに、僕は倒れかけた体を支えた。

死んですぐに元に戻る。


吹き飛んだ皮膚も。

吹き飛んだ脳髄も。

衣服を染めた血すら、僕の体に吸い込まれて元通りになっていく。


「ほら。どうせ何度でもやり直しがきくんだ」


・・・


「その…」


緊張した声で、平本君が言った。


「はい」


彼の運転する車に乗って15分。


「これからやることの理由も、やり方も聞きました。その上で一ついいですか?」

「いいよ。僕に言えることだったらね」

「さっきはぐらかされた気がするんですけど、これって千尋も知ってることなんですよね?」


後部座席で、グダっと目を閉じかけていた僕は、バックミラー越しの彼の眼を見返した。


「そ、これからやることもね」


僕はなるべく多くを言わないように答える。


「昔の千尋の友達でしたっけ?昔からあんな奴だったんですか?」


彼もそれを察したのか、少し考えるとそう言ってきた。


「浩司、それだといい意味にとられないよ?」

「あ、悪い意味じゃないですよ?その、余りにも人間離れしたっていうか…そこら辺の女の子じゃないのは確かじゃないですか」


元川さんの指摘で、彼はすぐに失言にとられかねない言葉の補足を付け足した。

その様子を見ていた僕は思わず吹き出す。


「…ふふ…ふっ…あっはははは!」

「え?」

「いや、全くその通り。昔っからあんなんだ。仏頂面で表情筋は限りなく固い…喋らないし、話しかけても反応薄いし……」

「そうなんですか…」


僕は彼女の思いつく限りの特徴を挙げると、彼は小さく何度か頷いた。


「その、千尋って向こうでうまくやれてたんですか?なんか会話してたら心配になることが多々あって…」


元川さんが言った。


「上手くねぇ……気になるならレコード見てみればいいじゃないか」

「それは!…その、千尋を裏切る気がして嫌です」

「なら僕に聞いても同じじゃない?」

「まぁ……」


僕はそう言ってはぐらかす。

元川さんは少し悲しげな顔をして俯いた。


「ただ…そうだ。千尋の一人称は何だい?」


僕は少しはフォローしてあげようと、切り出した。


「一人称…?」

「そう、一人称」

「私…と、最近は僕も多いかな」


元川さんがそういうと、僕はヒューっと口を鳴らす。


「僕ね、千尋がそう言ってるなら、君達かなり信頼されてるよ」

「え?」

「私の時は猫かぶってるのさ。君達なら昔話してくれるんじゃない?どうせ今まで適当なこと言って誤魔化してたんだろうからさ」

「誤魔化しですか…まぁ…」

「僕も彼女も普通じゃないからね。でなきゃ、こんな日本で持てるはずもない銃を使える人間になると思う?君達と同年代でさ」


僕がニヤリと笑って、取り出した銃のスライドを引く音を鳴らした。


彼らはそのまま黙り込む。


「お喋りはここまでにしよう。ここからはさっき言ったことをやるんだ」


そう言って、ジャケットからハイパワーの消音器と木製ストックを取り付ける。


「相手はこちらを知らないが…きっとすぐに認知する。何をされようが、君たちは必ず生き返るんだ。地の底から這い上がってでもやり切ってもらうよ」


平本君が、僕の示した場所に車を止める。


僕にとって久しぶりの現場。

彼らにとっては初めての現場。


僕はドアノブに手をかけて、ゆっくりとドアを開けて外に出た。

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