1.軸の世界から見た景色 -5-
「僕は9人を処置する。それを片付けたら、君達を援護する。最初の仕事が暗殺なのは同情するけどね、これは仕事なんだ。幸運を」
必要ごとは全部日向の教会前で言ってある。
あとは、彼らがどれだけ底力を見せてくれるかだろう。
何の変哲もない漁港。
平日の、田舎町の午後3時。
僕は少し歩いて目についた男にハイパワーの照準を合わせた。
すでに、ここに一般人として紛れているまがい物の異世界人を処置する。
彼らはまだ目覚めていないが…
事が起きれば、きっと世界に歯向かう存在になり果てる。
その前に、事を終わらせるのだ。
そう言い聞かせて息を止める。
久しぶりの銃撃だというのに、自分でも不気味なほどに落ち着いていた。
外界の音が聞こえなくなる。
時の流れがスローになる。
空気中に漂う塵すらもかすかに見えるほどの世界の中で、僕はゆっくりと引き金を引いた。
カシュ!っとした、消音器のくぐもった音とともに、男の頭が破裂する。
「…仕方のないことさ」
僕はそう呟いて、男のほうに歩いていく。
遠くで倒れていく男は、足元から塵と化していき、僕が男の立っていた位置に来る頃には、存在が消えていた。
「どうせ居なくなる。だから、僕はまだ引き金が引けるんだ」
そう言い聞かせると、僕はハイパワーを構えなおして次の標的の元へと向かった。
カシュ!
2人目を仕留めると、粒子となって消えていく遺体をしばし眺めた。
僕たちが使う弾薬は特殊なもので、弾頭に虹色の注射器の成分を混ぜ込んでいる。
パッと見はただの9mm弾だが、撃たれると即座に虹色の注射器の効果が表れるわけだ。
撃たれた人間は、9mm弾の威力にやられて息絶える。
その直後、虹色の注射器の効能で…レコード改変がなされるわけだが…
対象は息絶えているため、レコードは消滅措置を取るわけだ。
そして、遺体はサラサラと粒子となって空気に溶けていく。
誰にも看取られず、誰にも感知されず……
我ながら酷い弾薬を作ってしまった。
パラレルキーパーになって2年目だ。
遺体の処理に虹色の注射器を使うことが嫌になっていたころ、ふと思いついて作ったんだ。
元々、僕は人を殺すことに精神を病んで死を選んだ人間だ。
だから、人の死を成るべく長い間見たくない。
そんなわけで、これを作ってみたら…口コミで他のパラレルキーパーやレコードキーパー、ポテンシャルキーパーに採用されていった。
さて…粒子となって消えていった人間を看取ったわけだ。
次に行こう。
僕は港の、何気ない一角から立ち去る。
次のターゲットは、遠くに見える車の横に佇む男だ。
彼だけ唯一港の関係者ではない。
ただ…彼を放っておいたらどうなるかは…遠い昔に思い知った。
僕はゆっくりと彼に近づいていく。
右手にはハイパワーを握りしめたままだ。
「やぁ…どうも」
僕は幾多の世界で見てきた彼に声をかける。
この世界の彼は知らないはずなのに。
この世界の彼は、ただ平穏な人生を送っていただけなのに。
それを容赦なく殺そうというのだから酷な話さ。
「どちら様…それは……あ」
僕は苦笑いを浮かべたまま銃口を向ける。
右手にハイパワーを、左手に身分証。
これを見せれば、どんな人間でも自我を失い、ただそこに存在するだけになる。
「何もしなければ君はいい人なのにね」
僕はそういって引き金を引いた。
「これで3人目?まだ先は長いな」
僕は苦笑いで言った。
パラレルキーパーとして幾多の世界を回ってきて、色々と修羅場を乗り越えてきたが、これだけはいまだに割り切れない。
つまりは、その…
人殺し案件だ。
今やっているのは、近い将来、レコードから逸脱し、レコードに改編を加える存在となる…可能性の高い人間の始末だ。
軸の世界でたまに起こる、世界が混ざり合う不具合。
その時に、今始末している連中が何かの拍子に目覚めてしまう。
そして、彼らは徒党を組みレコードキーパー…パラレルキーパーに立ち向かうレジスタンスとなるわけだ。
なぜ可能性のある人間がわかるかって?
軸の世界からは幾多の世界が作られてるんだ。
そこで問題を起こした人間はすべて記録されている。
「で…次が…」
僕は消えゆく遺体を見守ったのち、漁港の施設に押し入っていく。
田舎の施設はどこもかしこもカギがかかってないから、楽だ。
レコードの示しによれば、4人目は組合の建物の2階にいる。
僕は薄っすら張り付けた笑みを浮かべて廊下の奥に佇む人影に銃口を向けた。
暗い廊下の一番奥。
空いた窓に腰掛けるようにして、彼は煙草を吹かしてサボっていた。
生憎、煙草は苦手。
僕は意識を集中させて、スーッと息を止めると、引き金を引いた。
4人目。
煙草を吸っていた男は、ゆっくりと崩れ落ちた。
悲しいことに、暫く銃を握らなくても腕は衰えないものだ。
カランコロンと音を立てている空薬莢を、そっと蹴とばすと肩を竦めた。
僕は崩れ落ちた男のところまで行って、煙草を靴でもみ消す。
独特の煙の臭いに顔を顰めた。
「次は…5人目…あの船に見える青ハチマキの男」
僕は男が寄りかかっていた窓から、次の標的を見つける。
船の上で何かをやってる彼のほかに、人影は見当たらなかった。
距離にして50メートル程だろうか?
手に持ったハイパワーのタンジェントサイトを50メートルの位置に合わせる。
僕は窓枠に腕を置いて固定させると、小さなハイパワーの照準を男に向けた。
再び銃口の向く先に神経を尖らせる。
男は船を行ったり来たりしながら何かを運んでいる。
船首付近にいくつか箱があり、それを後方に移しているようだった。
僕は、その様子を追いかけながら、その時を待つ。
やがて、男は箱を運び終わり、煙草を吹かし始める。
船の縁に腰掛けた男は、咥えた煙草に火をつけた。
僕は動きを止めた瞬間を狙う。
男が一息、煙を吐いた瞬間。
引き金を引いた。
遠くで力を失った男が倒れていく。
丁度、頭を射抜いたらしく、後方に倒れた男は、そのまま海に落ちていった。
「5人目」
僕はそれを確認すると、建物から出て、別の場所を目指す。
「あとは一纏めになってるのか…」
僕はレコードを確認すると、ジャケットの中にレコードを仕舞い込む。
左手に持ったハイパワーを確認すると、自虐的な苦笑いを浮かべて足を進めた。
ちょっと歩いた先にある加工工場。
そこの中で働く4人。
彼らがターゲットだ。
…に、しても。
少しだけ吐き気がしてきた。
僕は苦笑いを顔に張り付けたまま、右手で頭を押さえる。
どうしても、慣れない感覚。
元はといえば、このせいで僕は死を選んだわけだから。
小さな頃に歪まされて育って、そして…
どうしても自分には人を殺せなかった。
たとえ相手が何であれ、いつも銃を持った手は震えたんだ。
同じように育てられた子供は、僕のほかに2人。
そのうちの1人は千尋だったが、彼女は簡単に人を殺す。
必要だと割り切って、銃を持つわけだ。
だけど、僕にはその感覚がわからなかった。
パラレルキーパーになって、先輩方が消えた頃だろうか?
ようやく人に銃を向けても震えなくなったのは。
「小野寺さん」
「?」
立ち止まって、少し気持ちに充てられてた所を話しかけられた僕は、少し驚きながらも声の主に振り返った。
「えっと、君は…村田さん」
「はい」
「どうかした?」
僕はすぐに普段の調子に戻って言う。
彼女は、手に持った銃を僕に差し出した。
「やっぱ出来ないです…アタシ達にはどうしても」
「……他の人は?」
「みんな、戸惑いながらも…少しずつ。でも私は1人も…」
村田さんは、活発そうな子だが、今だけは小刻みに震えている。
僕は銃を受け取らずに、彼女の来た道の方を指した。
「そう。君の標的はアレかい?」
僕はそう言って、彼女の背後のほうに立っている2人の男女を指さした。
「はい…」
「ありゃ撃てないな」
僕はそういって笑う。
視界に移った男女は、どうも新婚さんのようだ。
そんな2人を、一介の、つい先日まで中学生だった女の子に殺せは残酷すぎたか。
僕はさっきから下ろしたままのハイパワーの銃口を上げた。
「1人目はサービスだ」
そう言って引き金を引いた。
「村田さん。これも仕事さ。僕だって、正直人を殺したくはないね」
男が崩れ落ちると、傍らにいた女は驚いた様子で倒れた男を抱きあげる。
その様子を見ながら、僕は半泣きになった彼女に言った。
村田さんは、それでも、目の前で起こっていることを見続けていた。
「男はもうじき塵になって消える。そうすれば、彼女は何もなかったかのように佇むんだ。彼女は君がやってくれ」
僕はそう言って、止めた足を進めた。
そう、割り切るのも暫くかかるんだ。
僕は、振り返ってトボトボと歩き出した村田さんの背中を眺める。
彼女から、元の目的地に視線を戻して、少し進んだ頃。
くぐもった射撃音が僕の耳に入ってきた。
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