1.軸の世界から見た景色 -3-

「結果出た?」

「はい、まぁ先輩の想像の範疇だと思います。6軸の何人かが混じってるのが計算外ですが…まぁこれならすぐ処理できるでしょう」

「そう…」

「問題は残りです。危険度が高いのも何人か居ます。レコードを見た感じ、未だ行動に移してはいないようですが…」

「まぁいい…どうせここの処置はもう決まってるんだ。疑わしきは罰せよで行こう」


日向に至る、細い道を走っている。

あと3分もすれば、日向の町並みが出てくるだろう。

こんな狭い雑木林の中できた獣道のような交互通行路の先に、町が出てくるとは思えないのだが……


俊哲は、レコードの情報を素早く纏めると、データを僕の端末に入れた。

無言で彼から端末を返された僕は、一瞬画面を見て、すぐにジャケットに仕舞う。


「ほー…」


急に視界が開けたと思ったら、路面が綺麗に舗装された道に出た。

何かが書かれた看板と、花壇でできたロータリーが僕を出迎える。


"ようこそ日向町へ!"


そう書かれた看板の周囲に咲く向日葵。


「こっから真っすぐ行けば食堂です。1件しかないんで、すぐにわかりますよ」


俊哲に言われた通り、ゆっくりとロータリーを回り、先に進んでいくと商店街に出た。

小さな呉服屋や喫茶店、レコードショップに電気屋…

一通り、生活に困らない程度の店が並んだ中に、彼が言う食堂を見つける。


綺麗な街並みではあるが、車通りは無に等しいので、食堂前の路肩に904を止めた。

俊哲が何も言わないあたり、きっとこれでいいのだろう。


キーを弄びながら904から降りる。

俊哲が僕の1歩後ろに付き従ってきた。


引き戸を開けて中に入る。

奥の方から人の声がした。


「上なんですよ、ここの人と合流するの」


店内を見ていた僕に俊哲はそう告げると、横の狭く急な階段を上がっていく。

店の奥にいた、僕達には一切興味を示さない店の人に、小さく一礼すると、彼に付いていった。


小上りが2箇所ある2階。

すでに一方には靴が並べられている。


2人で靴を脱ぐと、閉められていた襖を開けて中に入っていった。


「どう…も?あ…?」

「どうした?」


先に入った俊哲が戸惑いの声を上げると、僕に振り替える。


「間違えた」


そう言って、冷や汗を顔に滲ませる。

僕も相手方の顔は知らないが、彼の様子を見て察した。


「間違ってませんよ、パラレルキーパーさん」


だが、彼の背後からかけられた声で僕達は再び彼らに振り返った。

低いが、女の人の声だ。

姿は大柄な俊哲に隠れて見えないが…


「睡眠期に入ったもので…」

「ああ、そう」


俊哲がそう言って奥に入っていく。

相手方のレコードキーパーは女3人に男2人。

パッと見れば仲のいい中学生か、高校生のグループにしか見えない。

僕も相手方を見ながらそれに続こうとして、足を止めた。


「え?」

「…あ」


相手も気づいたようで、滅多に変えない表情を、驚愕の表情に変えた。

それを見た、相手方の人たちが一斉に千尋を見て驚く。

どうやら、ぶっきら棒で仏頂面なのは相変わらずだったようだ。


「まさかこの世界のレコードキーパーが千尋だったとはね」

「そういう貴方は…一誠…小野寺一誠?」

「正解」


僕は何となく居心地が悪い気がする。

俊哲も、僕と千尋を見比べながら、何と言っていいか分からないといった顔をしていた。


「ま、こっちの彼女は僕の知ってる千尋じゃない。いいよ、俊哲。進めて」


僕は多くを言わずに俊哲の横に腰かける。


「…いいんすか?」

「今は君の部下だよ」


そういうと、俊哲は僕から、目の前にいる5人に目を向ける。


「…まず自己紹介といこう。俺は芹沢俊哲…知ってるとは思うが、軸の世界を管理するパラレルキーパーだ」


俊哲は表情を引き締めると、そういって一礼する。


「僕は小野寺一誠。丁度そこの千尋の知人でね。まぁ、こちら側の5軸じゃなくて6軸のだけど。今回は俊哲の"部下"という形で来てる。よろしく頼むよ」


そういうと、テーブルの上の水差しとコップをとって、コップに水を入れて一口飲み干す。

少しの間静寂が場を包んだが、やがて昔の同僚が口を開いた。


「前田千尋。つい1月前にレコードキーパーになったばかり。ここの全員ね…今回は迷惑をかけることになるかもしれない」


そう言って、無機質な彼女は小さく頭を下げた。

頭を上げた彼女とふと目が合う。

普段意識しなかったが、少し赤い瞳が不気味に見えた。


「次は俺か?…平本浩司です。特にいうことはないです…かね…」


彼女がじっと視線を送っていた青年がそう言って頭を下げる。


「なら次は私か…元川由紀子です。今回はご迷惑おかけします」


青年の横に座っていた、お淑やかそうな少女が一礼する。


「…あー、俺は東義明」


次に口を開いたのは、どこか緊張した様子の浅黒い少年だ。

きっと彼が最年少だろうか。


「あたしは村田加奈…」


もう一人、お団子が2つ頭に乗った少女が頭を下げる。


「……俊哲、彼らに何やらせる気でいたの?…あ、その前に、すいませーん!」


ひとしきりのあいさつが終わったころ。

僕は空になったコップに水を継ぎ足して、店の人を呼ぶ。


「ごめんね、昼がまだなんだ。食べながらでいいかな?」


向かい側に座った彼らに言って、やってきた店員さんに海鮮丼を頼む。


「いやぁ、さっきので浮かんだ人間を片っ端から始末していこうと思ってたんですけどね」

「これじゃ無理だ。彼らはまだ1月しかレコードキーパーになってない。彼らはまだ知らないことが多すぎるな」


僕と俊哲は彼らをそっちのけで言うと、ふと彼らのほうに振り返った。


「えっと、君たちさ、千尋は僕と同い年だから…今は72年?なら15歳だけど…他の人も同い年?」

「いえ…俺と由紀子だけです。千尋と同い年なのは…義明と加奈は1つ、2つ下です」

「そうか…仕事の話の前にね、いくつか聞いておこうか…」


僕は平本君の答えを聞いて頭を押さえながら言った。


「俊哲、君は千尋とできることやっといて。ほら、904の鍵…僕は彼らの教育役だ…付け焼刃だけどしょうがない」


そう言ってジャケットから端末とレコードを取り出してテーブルに広げる。

端末の画面に映った、俊哲の仕事の結果。


見る限り、この地域での仕事は少なそうだが…

ただ、僕の見立てが正しければ、今僕がやることは成るべく早く済ませることに越したことはない。


「一誠…」

「積もる話は後さ。千尋、君は彼についていってくれ」


何か言いたげに僕を見下ろす千尋にそういうと、彼女は先に出た俊哲の後をついていった。


「さて…」


僕は改めて前に座った4人に向き直る。


「1月前にレコードキーパーになったっていうけどさ、君達に何が…いや、そのことは止そう。後にしよう。まずは僕のことと、パラレルキーパーの話からしたほうが良さそうだ」


僕はレコードに、彼らのレコードを表示させていきながら言った。


「…パラレルキーパーについて知ってることは?」

「ない…です。皆、初めて会うので」


僕の問いに、元川さんが答えた。


「そっか、パラレルキーパーってのはね、端的に言えば全ての世界の管理人なんだ。君たちが住んでるこの世界以外にも沢山あってさ」


僕はいつものように微笑を顔に張り付けながら説明を始める。


「ここ以外にも、世界は幾つも存在してる。さっき僕が千尋に言ったよね?5軸じゃなくて6軸だけどって。僕は元々6軸と呼ばれる世界の住民だったんだ。ここの世界に近似した世界。そういう風に、幾多の世界が存在している…それを管理するのが我々パラレルキーパーなんだ。管理する世界は星の数以上あるといってもいい」


僕は一気にそこまで言うと、水を飲み干す。

丁度良いタイミングで海鮮丼も来た。

少し行儀悪いが、食べながら続けさせてもらおうかな。


「今回、なんで僕達がここに来たかっていうと、件の6軸とここが混ざり合って消えるのを防ぐためなんだ。僕達と、君達が協力して問題を解決する。ま、よくある話だ。具体的に何をするかは時と場合によるから割愛するけど…」


僕はそこまで言うと、丼の上に乗ったサーモンとご飯を口の中に入れる。

口の中に広がった味に思わず目を細めた。

久しぶりに食べる新鮮な生もの…偶には何かを食べに可能性世界に行っても良いと思えてきた。


「その…混ざりあった?っていうのと、レコードキーパーの仕事は関係があるのでしょうか?」


元川さんの言葉に、僕は頷いて答える。


「あと、俺も一ついい?小野寺さんて芹沢さんの部下なのに、なんで命令してたんだ?」


丁度、東君の言葉を聞き終えたころ、口の中の物を飲み込んだ僕は小さく何度か頷く。


「まず元川さんから行こうか。関係大有りさ。本来6軸にいない人間が、5軸にいない人間が現れる。彼らは別世界にレコードがあるから、表示こそされるけど、そのレコードのせいで他の何にもない人のレコードを破壊して、存在ごと消してしまったり…あとは本人がレコードから逸脱しやすくなるんだ」


僕はそう言って、端末にあった名前をレコードに書いて示す。

レコードに映った者の履歴は、ある過去の時点から真っ白になっていた。


「こんな風にさ…こういうことが観測された場合、真っ先に対処しないと、手遅れになる。僕の見立てじゃ、この世界の混ざり具合だと…あと1月もしないでで消え去るだろうね」

「消える…?」

「ああ、時空の狭間っていう何もない空間に放り込まれるのさ。それは勘弁したいね。軸の世界っていうのは、永遠に続く世界なのだから…」


僕はそこまで言うと、もう一つの問いを思いだした。


「俊哲と僕の関係にも係ってくる。軸の世界っていうのは」


そう言って僕は水を飲む。


「僕と彼は、実をいうと上下関係が逆なのさ。僕が本来の上司。でも、ここでは彼が目上…それはここが軸の世界だからだよ」

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