2.ドッペルゲンガー -1-

勝神威市の雑居ビルで、片っ端から中に居る人間を注射器で"処置"していった私は、全ての人間の”処置”を終えると、エレベーターを使って1階へ戻った。


エレベーターの中で注射器に液体を満たし、短くなった煙草はエレベーター内にあった灰皿で消して、吸殻を捨てる。


「流石は同一人物。仕事の速さも変わらない」


エレベーターを降りると、目の前には髪の白い私が待っていた。

真っ赤な双眼をこちらに向けてそういうと、何も言わずに振り返る。


「真島昌宗は、腐っても元同僚といった所。僕の部下でも簡単に尻尾は掴めない」


ビルから出るなり、彼女はそう言って歩道を歩き出した。


「焦ったりはしないの?」


私は乗り捨てる形になった車の方に一旦顔を向けてから、直ぐに彼女の横に並ぶ。


「しない。どうせ、この世界を軸の世界に合流させるには、この世界が終わる当日まで掛かるのだから…この世界を崩壊を防げさえすれば良い」


彼女はそう言って、手に持った注射器の押し棒を引いた。


「そういえば、無線機も無いのにどうして仲間の情報を?」

「近しい関係の管理人の情報は、レコードが教えてくれる。ポテンシャルキーパーでも関係無い。君の場合は、唯一同僚と呼べた彼が使い物にならなくなったけれど…僕の情報ならば、問いかければ現状の情報が返ってくるはず」


彼女はそう言って、右手に持った彼女のレコードを見せてくれる。

確かに黒い文字で、彼女と同僚の関係にある人間の近況が表示されていた。


「同じ世界に居なければ使えない。今回僕のレコードに出てきているのは、僕が呼び寄せた同僚達の情報。彼らは真島昌宗の足取りを追うほかに、この町のレコード違反者の対応も頼んでる」


彼女はサラリというと、信号を1つ越えた先の角にある小さな本屋を指さした。


「今、あそこから出てくる2人組も、僕の部下だ」


彼女はそう言った直後、予言通りに2人組の男女が店を出てきた。

彼らは彼女が居るのを知っていたようで、何の迷いもなくこちらに顔を向けて手を振った。


「お疲れ様」


駆け寄って来た2人に、彼女はぶっきらぼうな口調で声をかける。

2人の男女は、共に注射器を手に持っていたが…背中にはライフル銃を背負っていて、間違いなく普段の往来を歩く格好では無かった。


「お疲れ様です。厄介といえば厄介ですが…もう数時間で状況回復は出来ると思います」


駆け寄って来た男女は、共に若い。

男の方がハッキリとした口調で手短に状況を伝えると、私の色違いはほんの少しだけ首を縦に振って肯定の意を示す。


「それで…横に居るのは…双子でしたっけ?」

「ああ。紹介する。前田千尋さん」


彼女は冗談半分の口調でそう言って私を見た。

3人の視線が向けられた私は、特に何をするわけもなく、彼らを見返して小さく首を縦に振る。


「僕の居た世界の次の週を生きた後、死を経て、ここのポテンシャルキーパーになったはいいが…今日までレコードを持ったこともない変わり種」


彼女がそう説明するなり、2人は驚いた顔をして顔を見合わせた。


「そんな…ことってあるんですね。普通だと気づく前に狭間に落ちてますけど?」

「こっちの千尋と同じで、悪運だけは強いのね」

「そうらしい。だから新人研修が世界危機の真っただ中」


彼女がそういうと、2人は小さく笑って肩を震わせた。


「君も紹介しておく。永浦博光と永浦美麗」


彼女の紹介を聞いた私は、2人の顔を見比べて口を開く。


「親族?」

「いや、夫婦。訳アリの」

「成る程…宜しく」


私がそういうと、2人はリラックスしたような表情のままで会釈を返した。


「さて、雑談はここまで。仕事に掛かろう」


彼女はそう言って、レコードを開く。

彼女の一言だけで、2人は表情を消して押し黙り、彼女の開いたレコードに目を向けた。


「この地区はあと3か所始末すれば終わり。君達はここのアパートをやってほしい。僕達はここを終わらせる。それが済んだら、このビルの屋上へ向かって、北側をのこのマンション見ていて欲しい」

「分かりました…アパートの規模は…ああ、50人ほどですか」

「そう。大半は注射器で良いだろう、ただ、後半は銃の出番になる。狭い空間だから、それは使わないで」


彼女は少しも迷う素振りを見せず、少々早口で2人に指示を出していた。


「今から30分きっかりで、僕達はこのビルの5階に上がる。ここだけは注射器じゃなくて全員始末。援護を任せる」


彼女がそう言って場を締めると、2人は直ぐに指示を受けた方向に駆けだしていった。


「行こう」


こちら側も、彼女がそう言ってレコードに映っていた地図の方角へと足を向ける。

私は駆けだした彼女の後ろをついて行った。


目的地まではほんの数百メートルといった所だった。

歩道を駆けてゆく。

その横を、普段通りの生活を送っているであろう人々の乗った車が通っていき…歩道を歩いていた子供ずれの女を追い越した。


駆けながら見る世界は、本当に普段と変わった様子は感じられない。

彼女が言っていた、レコード違反者の居る"感覚"とやらも、私が鈍いせいなのか、そのような違和感は感じなかった。

今まで、マサに言われて違反者を銃で"処置"するときだけ…銃を向けた時に初めて違和感を感じる程度。


私に、レコードを持つもの特有の感覚は備わっていないことは、自信の勘とレコードの指示に沿って動くもう一人の私を見てよく理解できた。


「見えた」


区画を3つ過ぎた時、彼女は駆け足を緩めて言った。

見えてきたのは、この市で一番の高さがあるマンションの横に立つ病院。

個人開業医が切り盛りしているらしく、何度か処置の際に寄ったことがあるが…ハッキリ言って藪医者で腕が悪く、成金趣味の品の悪さしか感じられなかったのを思い出す。


「ここの人間。患者は注射器で解放。関係者は容赦しなくていい」

「成る程。なら、手分けしない?」

「どっちがいい?」

「注射器」

「分かった」


彼女はそう言って、私の顔を一瞬だけじっと見つめると、直ぐに病院の裏手側の方へと駆けだしていった。

私はそれを見送ってから、病院の戸に手をかける。


元々評判は良くなかった病院だったせいもあって、患者の数は疎らだった。

中に入った私は、手当たり次第に患者の首筋に注射器を突き立てていく。

1人、また1人と、再びレコードの流れに戻して…そして最後の1人になった。


注射器に虹色の液体を充填させた私は、手帳を見せつけてこの世から一時的に隔離し…そして首筋に注射器を突き立てる。


押し棒を押し切って中身を全て注入し終えた私は、ふーっと溜息をついて注射器を抜く。

そして、注射器をケースに仕舞い…代わりに拳銃を抜き出した。


スライドを引いて、薬室の残弾を確認し…そして銃の切っ先に何時もつけているモノがついていない事に気が付く。

消音器がついていなかった。


さっきは周囲が山に囲まれた最中での緊急事態ということもあって気にせず引き金に手を掛けたが…ここは街のド真ん中。

気軽に撃とうものなら、いったい何人のレコードが壊されることだろう?


私は小さく鼻を鳴らすと、安全装置をかけて…拳銃を仕舞いこんで病院の奥へと歩いていく。


「ん?君は…?」


白いカーテンを区切った先に居たのは、椅子に座った医者のような男だった。

若い男だ。

きっと、院長ではなく、研修か何かで来ていそうな…若い男。


私は何も言わずに男に手を伸ばす。


「何だ!急に!…あっ……!」


突然のことに、ほぼ無抵抗のまま体勢を崩された男。

私は気にすることなく、自分に背を向けるような形に男を揺さぶり…そして一思いに首を180度回転させた。


両手には何か、折れてはいけない物が折れた感触。

目を見開いて動きを止めた男の目が私の方を見止めて離さない。

私はそんな男の顔を一瞥すると、興味なさげに男の首から手を放す。

ドサ…!っと音を立てて男は倒れ…私は見向きをすることもなく奥に進んだ。


そこまで規模のない病院だ。

院内関係者は全て抹殺していいのなら、色違いの私は素早く仕事をこなすだろう。


私はそう思いながらも、未だに気配を見せない彼女を探して病院の奥へと歩いていく。

もう一人の私は、私が今まさに向かおうとしていた通路の奥から、ゆっくりと姿を現わした。

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