2.ドッペルゲンガー -2-
「あら、早かったね。もう少しかかると思っていたよ」
彼女は白い髪を触りながら言った。
「ええ。オマケにもう一人。サイレンサーを忘れたから、手で始末したけど」
「おっと…らしくないね、忘れてた。予備があるから、それを使ってくれる?バレルに切ってあるネジって逆ネジだろう?」
彼女はほんの少しだけ目を見開くと、そう言って私に予備の消音器を渡してくれる。
私は小さく頷いて、取り出した拳銃の銃口に消音器を取り付けた。
「それで、次は何処へ?」
誰も居なくなった院内を歩きながら、私は彼女に次の標的を尋ねる。
「この病院横のマンション」
彼女はサラっとした口調でそう言うと、それから私の方を見て少し顔を近づけた。
「ここからが本題。次に乗り込む場所は、真島昌宗が個人的に確保していた部屋だ」
「へぇ?彼の家は小さな平屋だったはずだけれど」
「それすらセーフハウスに過ぎない。横のマンションの部屋も、貴女の知っている平屋も、真島昌宗がこの世界に来てから用意した空間だということは、僕達の調査で明らかになっている」
「知ってたのなら、その段階で貴女達が感知できたはずじゃない?」
「良くある話だから。レコードの管理人が、自宅以外に部屋や土地を持つことは…」
「そうなの?話を聞く限り、狭い部屋しか与えられないんだと思ってた」
「最初はそう。だけど、時が過ぎればそうなるってこと。長くやればやるほど、個人裁量が効くようになる」
彼女は、左手に持った拳銃の弾倉を入れ替えながら言う。
病院を出て、すぐ横のマンションのエントランスの中に入った。
「幾ら不死身といえど、元はただの人間…何事にも限界がある。レコードを持つ人間は永遠に存在する事になるけれど、ずっと元のままでいられるかは、本人次第」
「つまり…?」
「長生きできる人間は少ないって事。長生き…まぁ、150年より先を見れる者は少ない」
「へぇ……彼はポテンシャルキーパーになってからどれ位経つのかしら?」
「どうだろう?まだ30年たってないんじゃないかな」
私の問いに、彼女は想像以上の数値でサラリと答える。
そのまま、彼女は固く閉じられていた非常扉の鍵をアッサリと破り、重たい金属製の扉が開いた。
「さて…準備は良い?」
「出来てないといったら?」
「構うものか」
「なら、聞かないでよ」
私達は同じ顔を突き合わせてそう言い合うと、白い髪を持った人物から先に非常階段を駆け上がり始めた。
「ここの最上階の人間は一人残らず消していい。向こうも、きっと僕達の事を認知しているだろうから」
「了解」
1階から2階。
2階から3階…と、10階建てのマンションに備え付けられた狭い非常階段を駆け上がる。
狭く急な階段に2人分の足音が響き渡り、やがて10階…最上階へとたどり着いた。
私達は出口となる重たい扉の左右の壁に素早く位置取りをすると、私は彼女の顔を見てから、そっと扉のノブに手を回した。
クルリと回して開けるタイプの扉にそっと力を込める。
そして、そのままゆっくりと扉を開けた。
丁度、最上階の廊下のど真ん中に配置された扉。
私は扉を盾に、扉が開いた方向へ銃口を向け…彼女は私の背中越しに反対側に銃口を向ける。
「……部屋は?」
「角部屋。私の方角」
誰もいない廊下のど真ん中に突っ立った私達は、色違いの私を先行に廊下を素早く駆け抜け、角部屋の扉の左右に位置を取った。
「シー……」
この街の建物としては高い建物で…それなりに豪華そうなエントランスの割には、各部屋の扉は薄く、華奢な建付けだった。
彼女は唇に人差し指を当てて、本当に小さな声でそう言うと、扉に付けられた覗き穴に銃口をそっと当てる。
そして、私の横にあった呼び鈴のスイッチを押すような身振りを見せたので、私は小さく頷いてチャイムのスイッチに指を当てる。
キーン・コーン…
安っぽいベルの音が廊下中に響き渡った。
私は思わず廊下の、歩いてきた方角に振り向いて銃口を向ける。
「大丈夫」
彼女はそんな私にそっと呟くように言い…私が振り返るころには、真面目な顔をして耳を扉に押し当てていた。
私は何もせず…周囲への警戒を忘れないながらも、彼女の一挙手一投足に目を向ける。
少し経つと、微かにドアの向こう側に足音が聞こえてきた。
私は引き金に指をかけていた拳銃をそっとドアの方へと向ける。
「ん…?何だ?ガラスがバカにな…ッ」
カチャ…
カシュ!……
ドアの方に近づいてきた足音と…何者か、男の声が聞こえてきて…鍵が開いた音が聞こえた途端、彼女は躊躇なく引き金にかけた指を引く。
1発銃弾を放った彼女は即座に私の背後に付き、私はすぐさまドアノブに手をかけてドアを開いて中へと押し入った。
「…!」
扉を開けた途端、扉に寄り掛かるように息絶えかけていた男が力なく覆いかぶさって来たので、私は躊躇することなく腹部を蹴飛ばして、倒れた男への止めに2発の銃弾を撃ち込む。
それから、私達は狭いマンションのワンルームの中へ素早く押し入った。
「玄関にいた冴えないのだけ?」
私は一番奥の部屋の様子を見回すと、居間に置かれたテーブルの上に目を向けていた彼女に振り返ってそう言った。
彼女は何も答えずに、テーブルの上に置かれていた印刷物を手に取る。
私はふーっと一息つくと、さっきから吸っていなかった煙草を一本取り出して、口に咥えながら彼女の元へ歩み寄っていった。
「それは?」
煙草に火を付けて、最初の煙を吐き出した私は書類を横から眺めながら言う。
彼女は何も言わずに、書類の一部分を指さして、私に見せた。
「まずは一つ目…」
彼女はそう言って私に書類を手渡した。
「ふ-ん……?」
私は紙に書かれた文字を眺めながら首を傾げる。
「ポテンシャルキーパー…いや、レコードを持つ者が現地住民と交流を図ることは禁じられている。僕達は何よりも目立つことのない存在。そうであるにもかかわらず、このように名前を知られるほどに交流が進んでいる…このような状況は、レコードを持つ者から働きかけない限り、起こりえない」
彼女はそう断言して、机の上に載っていた他の書類も拾い上げた。
「だが、これだけでは罷免できない」
「どうして?」
「何よりも、僕達のような存在は脆く危ういくせに替えが効かない。だから、おいそれと罷免できない」
「私ももしかして情けをかけられていたってこと?」
「ええ。それはもう、必要以上にかけられていたよ。レコードはきっと、貴女がレコードをまだ手にしていない事を考慮に入れたのだろうけれど」
「レコードに人格でもあるの?」
「さぁ?人間味は無いけれど、何か明確な意思はある」
彼女はそう言うと、手に取った書類を持って、玄関の方へと目を向けた。
「だから、こうやって刑事みたいな真似をしなければならないというわけ…ここが最初の一歩目だけどね…次へ行こう。場所は今決めた」
「…次は何処へ?」
私がそう言って、彼女の横に並んだ直後。
ビシッ!
という、何かが壁に突き当たった音が部屋に響き渡る。
私達は即座に拳銃を構えて臨戦態勢に入った。
心もとない部屋の壁を背にしゃがみ込んだ私達は、顔を見合わせて玄関の方に目を向ける。
「今のは銃撃?」
「そう。でも、気にしないでいい。この位置を狙える場所に位置どってるのは美麗しかいない」
「なら、こっちに来てる人が問題?」
「そう。今のは命中弾じゃないはず。倒れる音がしなかった。彼女にしては珍しい」
彼女がそう言うと、先ほどと同じ音がもう一度響き渡った。
今度は何かが倒れた音…というよりも、転げ落ちた音が聞こえてくる。
「命中…そして、音の主は非常階段か」
彼女はそう呟きながら、小さく口元を釣り上げると、しゃがみ込んでいた部屋の隅に素早く移動する。
「ベランダ越しに降りよう」
「……一般市民のレコードが破られるんじゃなくって?」
「ベランダ越しに、側面にある外付けの階段にたどり着けばいい。この部屋のすぐ横だ」
彼女はそう言うと、部屋の窓を開けて外に出ていく。
私は背後を気にしながら彼女の後に続いた。
部屋を出る直前、ふと振り返った先に見えたのは遠くに見える光の反射光。
それは、このマンションと同じ程度の高さがあるビルの屋上に見えた。
「なるほど…」
私は小さく呟いて、彼女が伝っていった後に続く。
その最中も、数発の銃弾が着弾した音と、誰かの悲鳴が聞こえてくる。
「っと…」
心もとない、薄い鉄板で出来た非常階段に飛び降りた私は、既に階段を降り始めたもう一人の自分の背中を追いかける。
最上階から地上まで、急で狭い階段を駆け下りて行き…最後、3階程度の高さまでやってくると一気に地上に飛び降りた。
「それで、次は何処へ?」
着地して、乱れた髪と衣服を整えながら尋ねる。
「海辺の街へ行こう…」
既に煙草を咥えていた彼女は、拳銃を仕舞いながらそう答える。
「海辺の街?」
「そう。日向みたいな田舎じゃない、ちょっとした大きな港がある街。ここから直ぐ」
「なら、その前に、私の家に寄ってもいい?」
「そのつもりだった」
路地を歩きながら言葉を交わす私達。
周囲に目を向けると、私達と同じ空気を繕った若い男女が忙しなく街を駆け抜けていた。
「世界が終わる2週間前。レコード通りの終わりを迎える可能性世界は殆どない」
周囲を見回していた私に、彼女はそう言った。
適当に路上に止めた車まで戻ってきて、彼女は運転席のドアを開ける。
私は慣れない助手席のドアを開け、中に納まった。
直ぐにエンジンが掛かって車が動き出す。
街の中心部から家までは15分ほどの道のりだった。
「私の家は知ってるの?」
「別の世界では僕の家。知らないはずはない」
「なるほど」
短い会話を済ませた私は、煙草を一本咥えてシガーライターで火を付ける。
煙を吐き出して、それから回収してきた書類に目を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます